2020年8月9日  「愛は自分の利益を求めない」
          コリントの信徒への手紙一 13章5節
1.自分の利益を求めない愛の模範はキリストの十字架

@キリストの十字架は自分の利益を全く求めていない
 十字架は究極の苦しみであってその最後は死!
 掛けられたキリスト自身には何の利益ももたらさない
 私たちへのキリストの愛=最重要な命を捨てる愛

A命を失うという自分の不利益を受け入れる姿
 人のために地位や財産を失うというレベルでなく
 命を失うという究極の不利益に甘んじる姿 

B全人類の命を自分の命より優先させている姿
 全人類の滅びか自分の身代りの死か?究極の選択
 キリストは自分の命より人々の命を優先させた
 自分が死んでも全人類が生きることを選び取っている

2.「自分の利益を求めない」とはどういうことか?

@行動の動機を自分の利益にしない
 なぜその行動をとるのか?その動機が問われている
 自分が得をするからか?自分が褒められるからか?
 自分が良い思いをするために行動するのではない

A利益でなく不利益に甘んじる、不利益に耐える
 不利益に甘んじる「何で私ばっかり損な役回りなの」
 なぜ私だけが皆の足を洗わないといけないのか?
 自分が損をし被害を受け嫌な思いをしてもOK!

B隣人の利益を自分の利益より優先させる
 利害関係がぶつかったら、隣人の利益を優先させる
 どちらかしかない場合に自分ではなく相手を生かす

3.聖書中の自分の利益を求めない具体的行動の例

@アブラハムはロトを先にし自分を後にした
 アブラハムは行き先をロトに先に選ばせた(創13:7-11)
 見渡すかぎりよく潤ったヨルダン川流域の低地一帯を
 ロトは選んだ。よく潤った方を先にロトに選ばせた。

Aヨナタンは自分の持っている物をダビデに与えた
 ヨナタンはサウル王の子=王子 (サム上18:1-4)
 自分が王子なのに王子の装束をダビデに与えた
 自分の王権を譲ることも意に介さない姿

Bルツやエステルも姑や同族のために利益を捨てた

むすび.隣人の利益を優先し不利益に耐えて生きる

 もちろん生きるためには自身の必要充足も必要だが
 愛は自分の利益ではなく隣人の利益を求めるもの
 自分を捨て日々キリストの愛で隣人を愛して生きよう