卑劣な隠れた行いを捨てる
パウロはコリントの教会に、こう語っています。
「卑劣な隠れた行いを捨て、悪賢く歩まず、
神の言葉を曲げず、真理を明らかにすることにより、
神の御前で自分自身をすべての人の良心にゆだねます。」
「卑劣な隠れた行い」は、口語訳聖書では「恥ずべき隠れたこと」
と訳されています。
「恥ずべき行い」は、人が見ていようといまいと捨て去るのです。
「悪賢く歩むこと」も、してはならないのです。
ずるいこと、自分の利益を増やすために人からだまし取る事
あたかも良いことをしているようで、その実悪をおこなうこと
これらはすべて、神の目の前に明らかです。
しばらくの間は、人の目をだませても
やがて明らかになって、正しく裁かれることになるのです。
私たちは隠れた悪を捨て去ります。
そして正しい神の言葉を、曲げずにストレートに語り続けていくのです。
【今日の聖書】
かえって、卑劣な隠れた行いを捨て、悪賢く歩まず、
神の言葉を曲げず、真理を明らかにすることにより、
神の御前で自分自身をすべての人の良心にゆだねます。
コリントの信徒への手紙二 4章2節