2012年7月8日
第二聖日賛美礼拝
「五重の福音 U聖化」
司会 末宗姉妹
メッセージ 若本牧師
みことば
私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を
反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられ
て行きます。これはまさに、御霊なる主のお働きによるのです。
(コリント人への手紙 第U・第3章1 8節)
聖 書 ローマ人への手紙・第8章1 ~ 2 5節
(今日の奉仕) 献金感謝の祈り:希望姉妹、週報読み:横田姉妹、
OHP:福島姉妹、マルタ:上田姉妹、
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「ワーシップのいけにえ」
ワーシップで捧げる「いけにえ」とは、体を使った表現も含み、ヘブ
ル語の「賛美する」には、体を使った行動が含まれていることが分か
りました。しかし、御言葉によると、神をワーシップするための体の
使い方がもう一つあります。それは唇を使ったいけにえです。「ですか
ら、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をた
たえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。」
(ヘブル・1 3 : 1 5)唇の果実とは、ワーシップの本で説明されるいけ
にえの種類で、最も有名なものでしょう。聖書は私たちに、歌い、語
り、時には叫ぶようにすら伝えています。これは熱狂的になって意味
のない声を張り上げることではありません。そうではなくて、ワーシ
ップとして意味のある表現を大きな声で賛美するのです。数多く使わ
れている「歌え」という命令を除いても、詩篇だけで50回以上も語っ
たり叫んだりするようにと指示されています。私たちが主とコミニケ
ーションを持ち、主の誉れを称えるために声を使うように、主は求め
ておられるのです。御言葉は、体を使った賛美の方法を数多く紹介し
ています。私たちは神の臨在の前にひざまずき、体で謙遜を表現しま
す。
詩篇9 5 : 6では「来たれ。私たちは伏し拝み、ひれ伏そう。私たち
を造られた方、主の御前に、ひざまずこう。」とあります。創世記24:26
ではアブラハムのしもべがひれ伏して、主をワーシップしています。
ピリピ2 : 10には、「天にあるものも、地にあるものも、地の下にあ
るものも、すべてが主イエスのもとにひざまく」と書いてあります。手
も賛美ではよく用いられます。賛美を説明するヘブル語の代表的な2
つの単語が「伸ばされた手」を意味していることはすでに学びました。
詩篇63 : 4でダビデは歌っています。「それゆえ私は生きているかぎ
り、あなたを褒めたたえ、あなたの御名により、両手を上げて祈りま
す。」パウロも「ですから、私は願うのです。男は、怒ったり言い争っ
たりすることなく、どこででもきよい手を上げて祈るようにしなさい。」
(Tテモテ・2 : 8)と言っています。主の勝利の宣言では、手を打ち鳴
らします。「すべての国々の民よ。手をたたけ。喜びの声をあげて神に
叫べ。」(詩篇・4 7 : 1)
過去の罪責感から解放された喜びで、私たちは頭を高く上げることが
できます。「今、私のかしらは、私を取り囲む敵の上に高く上げられる。
私は、その幕屋で、喜びのいけにえをささげ、歌うたい、主に、ほめ
歌を歌おう。」(詩篇・2 7 : 6)ダビデは詩篇3 : 3で主に言います。
「あなたは私の回りを囲む盾、私の栄光、そして私のかしらを高く上
げてくださる方です。」私たちの魂は高く上がり(詩篇143 : 8)、私た
ちの目は主の哀れみを見ます。(詩篇132 : 1 ~ 2)
知的な言葉を使ってワーシップすることも、感情豊かな賛美でワーシ
ップすることも大切ですが、体を使ったワーシップも大切なのです。
体の表現によるワーシップは、正直で、心開かれて、神様と深く結び
ついた状態へと私たちを導いてくれます。このことは、ワーシップと
私たちをさらに深く結びつけます。体を使ったワーシップ、それは神
様が喜ばれるいけにえです。
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コイノニア(交わり)
*信徒訓練会
本日礼拝後、信徒訓練会を行います。信仰から信仰へと進むためにも
主の訓練を喜んで受けましょう。
*「変わりたいのです。主よ」
献堂1 1周年記念感謝集会―7月1 6日(月)祝日 午前1 0時3 0分~
このままではいけない。もっと自由に、もっと喜びに満たされて、活
き活きとした信仰生活を送りたいと願いつつ、実際は・・・・。主に
よって変えていただきましょう。主を思い切り賛美し、祈り求めまし
ょう。