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2012年6月3日
第一聖日聖餐礼拝
「私はクリスチャン」
司会 希望姉妹
メッセージ 若本牧師
みことば
私はあなたのみことばを見つけ出し、それを食べました。あなたのみ
ことばは、私にとって楽しみとなり、心の喜びとなりました。万軍の
神、主よ。私にはあなたの名がつけられているからです。
(エレミヤ書・第1 5章1 6節)
聖 書 ピリピ人への手紙・第2章1 ~ 1 8節
(今日の奉仕) 献金感謝の祈り:森口姉妹、週報読み:亀井姉妹、
OHP:福島姉妹、マルタ:末宗姉妹、
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「ワーシップでの謙遜」
ワーシップに対するダビデの情熱は、神様の臨在を慕い求める彼の心
に見られます。契約の箱をエルサレムに運びたいと願ったダビデは、
どのようにしたのでしょうか。古代イスラエルでは、契約の箱に神様
の臨在がありました。主の栄光は箱に座していました。ダビデはこの
臨在こそが、求めるべき特別なものであることを知っていたのです。
彼は臨在を求めることに情熱を燃やし、そのことを着実に行いました。
それにもかかわらず、契約の箱を移動させるという彼の最初の試みは
悲劇的な結末に終わったのです。Uサムエル6章で、ダビデは契約の
箱をエルサレムに運ぼうとしました。彼は人々を集め、新しい車を作
り契約の箱をそれに乗せ、用意した場所へと運ぼうとしました。賛美
の中、アフコとウザの二人が、車を御していました。彼らは主の働き
を成し遂げるために彼らの考える良い計画を立てていたのです。彼ら
は神様への賛美も捧げていました。しかし、人間的な方法で神様の事
柄を実行することは、ほとんどの場合、神様に願われていないことで
す。もしダビデが御言葉を調べた上で神様の方法を発見していたなら、
契約の箱は常に棒の上にかついで運ぶべきものだと知ったことでしょ
う。決して車で運ぶものではなく、決して触れてはいけなかったので
す。そして人々がエルサレムに上って行くと、牛がその車をひっくり
返しそうになりました。そこでウザは契約の箱に手を伸ばし、押えよ
うとしました。その結果、彼の不従順と不敬な行為によって、主のさ
ばきがウザに下り、彼は打たれて死にました。このさばきを見てダビ
デは、怒り恐れました。彼は、主に素晴らしいことをしようとしたに
もかかわらず、神様がさばきを下されたので、ダビデは怒りました。
それと同時に、御自分の律法を堅く保つ全能なる主の御手をダビデは
恐れました。ダビデは自分が不完全な者で、聖さに欠けていることを
悟ったのです。神様の臨在を慕い求めるダビデの情熱そのものは間違
っていません。彼はウザが打たれて死んだ場所に近いオベデ・エドム
の家に箱を残しました。主は契約の箱がその家に留まっている間、オ
ベデ・エドムとその家を祝福しました。その出来事によって、ダビデ
は謙遜さを学びました。「ワーシップは、神様の方法に従わなければな
らない。」ということです。
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コイノニア(交わり)
*聖書を読む会
本日礼拝後、聖書を読む会を行います。みことばを見つけ出し、それ
を食べるためにも、共に聖書を読み、学びましょう。
*信徒訓練会
次週礼拝後、信徒訓練会を行います。自分では気づかないつもり信仰
ではなく、みことばの土台に堅く立つ、聖書信仰によって活きるため
に大切な事柄について学んでいます。ぜひ参加してください。
「死と生は舌に支配される。どちらかを愛して、人はその実を食べる。」
(箴言・1 8 : 2 1)