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2012年56 

 

第一聖日聖餐礼拝

 

「つぶやくことと願い求めること」

 

 司会  亀井姉妹

メッセージ  若本牧師

 

 

みことば

 

死と生は舌に支配される。どちらかを愛して、人はその実を食べる。

                     (箴言・第1 82 1) 

 

            

聖   書  出エジプト記・第1 61~ 1 2

 

     

(今日の奉仕)   献金感謝の祈り:森口姉妹、週報読み:横田姉妹、

OHP:福島姉妹、マルタ:希望姉妹、   

 

 

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「祈りの六つの方法」

 

知的な創造物である私たちには、話す能力があります。この惑星の他の

生物と私たちの違いがこの点です。このことが、私たちが神様の下で地

の支配者として任命されている証拠です。神様から与えられた統治の責

任を果たすための能力が「話す」ことです。この責任には、家庭やビジネ

スにおいての関係作りなどを含みます。私たちが祈りによって主に話しか

ける時、主は私たちが賢くこれらの課題について考えることができるよ

うに導いて下さいます。ワーシップの言葉とは、このように導かれる祈り

のことを意味します。詩篇6 5 : 2でダビデは、

「祈りを聞かれる方よ。みもとにすべての肉なる者が参ります。」と言って

います。祈りはいくつかの方法によって捧げられます。神様へ従順に祈る

なら、それらはワーシップとなります。主の祈りは、「国と力と栄えは、永

久にあなたのものだからです。アーメン。」(マタイ・

6 : 1 3)と締めくくられています。これは「すべて神のものです。」という

ワーシップの要約となる祈りの宣言です。

祈りについて、様々な方法を見ていきましょう。初めに告白です。人

生で大きな罪を犯していなくても、私たちは日々、精錬され聖められる

ことへの献身的な心を持って、神の御前に進み出なければいけません。

聖書が書かれた時代に、人々は具体的な理由があって足を洗って

いました。彼らの足は、埃の多い道を歩くので汚れてしまったからです。

それと同様に、私たちも常に聖められる必要があります。私たちはこの

世の汚れた環境にさらされているからです。また、たとえ自分なりに良く

やっていると思っている時でも、神様の基準に達していないのです。罪

とは、神様の高い基準から外れていることなのです。自責の念を持つ必

要はありませんが、シンプルに神様の御前に進み出て、

『主よ。私はあなたの方法で成長しています。けれどもまだ辿り着けませ

ん。私のいたらなさを赦し、あなたの似姿へと変え続けて下さい。』

もし大きな不従順や失敗に陥ったなら、すぐに悔い改め、赦しを受けなけ

ればなりません。聖書によれば、神様の御前で私たちを弁護して下さる

弁護人イエス・キリストがおられ、私たちのすべての罪の罰金を支払って

下さったのです。

 

 

 

コイノニア(交わり)

 

*聖書を読む会

「聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救い

を受けさせることができるのです。聖書はすべて、神の霊感によるもの

で、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。」

(テモテへの手紙U・3 : 1 5 ~ 1 6)

本日礼拝後、聖書を読む会を行います。聖書によって知恵を与えられて、

信仰による救いを確かなものとしていただき、聖霊の導きにより

さらに恵みに満たされましょう。

 

 

*信徒訓練会

次週礼拝後、信徒訓練会を行います。私たちが充実した信仰生活をおく

るために知っておかなければならない大切なことを、学んでいます。

単なる知識ではなく、信仰による知恵を得るための学びです。期待して

参加してください。