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2012年5月6日
第一聖日聖餐礼拝
「つぶやくことと願い求めること」
司会 亀井姉妹
メッセージ 若本牧師
みことば
死と生は舌に支配される。どちらかを愛して、人はその実を食べる。
(箴言・第1 8章2 1節)
聖 書 出エジプト記・第1 6章1~ 1 2節
(今日の奉仕) 献金感謝の祈り:森口姉妹、週報読み:横田姉妹、
OHP:福島姉妹、マルタ:希望姉妹、
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「祈りの六つの方法」
知的な創造物である私たちには、話す能力があります。この惑星の他の
生物と私たちの違いがこの点です。このことが、私たちが神様の下で地
の支配者として任命されている証拠です。神様から与えられた統治の責
任を果たすための能力が「話す」ことです。この責任には、家庭やビジネ
スにおいての関係作りなどを含みます。私たちが祈りによって主に話しか
ける時、主は私たちが賢くこれらの課題について考えることができるよ
うに導いて下さいます。ワーシップの言葉とは、このように導かれる祈り
のことを意味します。詩篇6 5 : 2でダビデは、
「祈りを聞かれる方よ。みもとにすべての肉なる者が参ります。」と言って
います。祈りはいくつかの方法によって捧げられます。神様へ従順に祈る
なら、それらはワーシップとなります。主の祈りは、「国と力と栄えは、永
久にあなたのものだからです。アーメン。」(マタイ・
6 : 1 3)と締めくくられています。これは「すべて神のものです。」という
ワーシップの要約となる祈りの宣言です。
祈りについて、様々な方法を見ていきましょう。初めに告白です。人
生で大きな罪を犯していなくても、私たちは日々、精錬され聖められる
ことへの献身的な心を持って、神の御前に進み出なければいけません。
聖書が書かれた時代に、人々は具体的な理由があって足を洗って
いました。彼らの足は、埃の多い道を歩くので汚れてしまったからです。
それと同様に、私たちも常に聖められる必要があります。私たちはこの
世の汚れた環境にさらされているからです。また、たとえ自分なりに良く
やっていると思っている時でも、神様の基準に達していないのです。罪
とは、神様の高い基準から外れていることなのです。自責の念を持つ必
要はありませんが、シンプルに神様の御前に進み出て、
『主よ。私はあなたの方法で成長しています。けれどもまだ辿り着けませ
ん。私のいたらなさを赦し、あなたの似姿へと変え続けて下さい。』
もし大きな不従順や失敗に陥ったなら、すぐに悔い改め、赦しを受けなけ
ればなりません。聖書によれば、神様の御前で私たちを弁護して下さる
弁護人イエス・キリストがおられ、私たちのすべての罪の罰金を支払って
下さったのです。
コイノニア(交わり)
*聖書を読む会
「聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救い
を受けさせることができるのです。聖書はすべて、神の霊感によるもの
で、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。」
(テモテへの手紙U・3 : 1 5 ~ 1 6)
本日礼拝後、聖書を読む会を行います。聖書によって知恵を与えられて、
信仰による救いを確かなものとしていただき、聖霊の導きにより
さらに恵みに満たされましょう。
*信徒訓練会
次週礼拝後、信徒訓練会を行います。私たちが充実した信仰生活をおく
るために知っておかなければならない大切なことを、学んでいます。
単なる知識ではなく、信仰による知恵を得るための学びです。期待して
参加してください。