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2012年4月8日
イースター感謝礼拝
「ただ一つの大切なもの」
司会 亀井姉妹
メッセージ 若本牧師
みことば
主は答えて言われた。「マルタ、マルタ。あなたはいろいろなことを
心配して、気を使っています。しかし、どうしても必要なことはわず
かです。いや、ひとつだけです。マリヤはその良いほうを選んだので
す。彼女からそれを取り上げてはいけません。」
(ルカの福音書・第1 0章4 1 ~ 4 2節)
聖 書 ヨハネの福音書・第1 1章1 〜2 9節、
(今日の奉仕) 献金感謝の祈り:森口姉妹、週報読み:末宗姉妹、
OHP:福島姉妹、マルタ:希望姉妹、
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「ワーシップの歌」
教会音楽の歴史を振り返ると、過去数世紀の讃美歌、バッハとヘンデ
ルのバロック式聖譚曲や、中世の教会の音階音楽とグレゴリオ聖歌な
どを知ることができます。これらの歌の伝統は、一世紀までさかのぼ
ります。学者たちの中には御言葉のいくつかの箇所は、初代教会の賛
美歌であったと信じている人もいます。
キリスト教は、歌う信仰とも呼ばれて来ました。世界のどの宗教も、
キリスト者たちのようには歌いません。御霊による生活には、歌を生
み出す何かがあるのです。歌とは、おそらく教会でもっとも広まって
いるワーシップの形式でしょう。
歌が喜びを解き放つことを、聖書は繰り返し教えています。主の喜び
が心に満ちる時に歌うのは簡単です。しかし、そうでないときでも歌
うように私たちは命じられています。詩篇を学ぶと、ダビデが困難の
ただ中でも主に歌っているのを見ます。「主は、私の口に、新しい歌、
われらの神への賛美を授けられた。」(詩篇・4 0 : 3)だけではなく、
「苦しみのうちから、私は主を呼び求めた。』(詩篇・1 1 8 : 5)時も
ありま
す。他の詩篇では、彼は罪の告白や、苦しみの表現もしています。
楽しい時や興奮している時だけが歌う時ではないことは明らかです。
私たちが歌うのは、それが神様の命令であり、歌を通して力が解き放
たれるからです。歌いたくないと感じる時でさえ、歌う気が起こらな
い人生の一時期でさえ、声を上げて神様を賛美しワーシップすること
は良いことなのです。歌の伝統が御言葉にどれほどしっかりと根ざし
たものかを見てみましょう。聖書では、歌うようにと指示している箇
所が8 5箇所もあります。詩篇4 7篇だけでも、歌の命令が5回もあ
ります。「神にほめ歌を歌え。ほめ歌を歌え。われらの王にほめ歌を歌
え。ほめ歌を歌え。まことに神は全地の王。巧みな歌でほめ歌を歌え。」
(6 ~ 7節)
詩篇1 5 0篇では、あらゆる楽器を使って、「息のあるものはみな主を
ほめたたえよ。」(6節)と導いています。主をほめたたえましょう。
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コイノニア(交わり)
*イースターをお祝いします
死人やむなしい墓の中に主を尋ねる愚かな事をすることがないように、
死に打ち勝たれ、甦られ、今も生きて働いておられる主イエス様を仰ぎ、
感謝をもって勝利の主に賛美と礼拝を捧げましょう。
礼拝後、記念会を行い、愛餐後、教会墓地の清掃に行きますので、協力よろしくお願いします。
*賛美と祈りの会
「ハレルヤ。主に新しい歌を歌え。聖徒の集まりで主への賛美を。」
(詩篇・1 4 9 : 1)
次週礼拝後、賛美と祈りの会を行います。信仰によらないことは全て罪だと言われます。
信仰によって賛美と祈りをささげるためにはどうすればよいか。みことばを通して学びましょう。