2012年1 2月9 日
第二聖日讃美礼拝
「奇跡を起こす信仰」
司会 亀井姉妹
メッセージ 若本牧師
みことば
(今)信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させる
ものです。 (ヘブル人への手紙・第1 1章1節)
今、信仰とは私たちが望んでいる事がらに自信を持つことであり、私た
ちの見ていないことを確信するということです。(同モファット訳)
聖 書 ヨシュア記・第6 章1 ~ 2 0節
(今日の奉仕) 献金感謝の祈り:末宗姉妹、週報読み : 希望姉妹、
OHP:福島姉妹、マルタ:森口姉妹、
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「信仰の4つのステップ」
[マルコ・5 : 2 5 ~ 3 4]
3 3節を見ますと、長血を患った婦人は自分のしたことを認めたことが分か
ります。「女は恐れおののき、自分の身に起こった事を知り、イエスの前に出
てひれ伏し、イエスに真実を余すところなく打ち明けた。」イエス様は、他の
人も受け取ることができるように、私たちがそのことを告げることを願って
おられます。神様から必要を得るための最初のステップは、言うことです。そ
して四番目のステップは告げることです。この二つには違いがあります。最
初にこの婦人は自分の信じていたことを言いました。それから何が起きたか
を告げたのです。私たちは神様から受ける前に、信仰のうちに何かを言わな
ければなりません。多くの人たちは間違ったことを信じているので間違った
ことを言ってしまうのです。私たちが正しいことを信じ、正しいことを言うな
らば、私たちはそれを持つことができるのです。
ダビデは羊飼いの石投げで巨人ゴリアテを倒した時、神様から必要を得るた
めのステップを知っていました。(Tサムエル1 7 : 4 5 ~ 5 4参照)
そしてこの箇所から、私たちはダビデがどのようにして神様から必要を得る
ための四つのステップを踏んだかを見ることができます。まず初めに、彼は
それを言いました。「きょう、主はおまえを私の手に渡される。」(46)
ダビデは自分自身の力にではなく、神様の力に対して信仰を持っていまし
た。ダビデは自分自身の力ではとてもこのペリシテ人には太刀打ちできな
いと知っていました。しかし、彼は自分自身の力や能力には頼りませんでし
た。彼は主に頼ったのです。そして、次にダビデは自分の信仰に基づいて行
動しました。「ダビデは袋の中に手を差し入れ、石を一つ取り、石投げでそれ
を放ち、ペリシテ人の額を打った。石は額に食い込み、彼はうつぶせに倒れ
た。」(49節) もしダビデが生れ乍らの人間の感覚によって導かれたなら、
もし彼が人間の理性に聞いていたなら、羊飼いの石投げで巨人を倒すなど
不可能だと知ったでしょう。しかし、彼はうちなる信仰の声に耳を傾け、外側
から来る人間の理性の声に耳を貸しませんでした。そして勝利は彼のものと
なったのです。彼はイスラエルの敵であるペリシテ人に対する勝利を受け取
ったのです。
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コイノニア(交わり)
*信徒訓練会
「すべての訓練は、当座は、喜ばしいものと思われず、むしろ悲しいもの
と思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義
の実を結ばせるようになる。」(ヘブル・1 2 : 1 1)
本日礼拝後、信徒訓練会を行ないます。平安な義の実を結ぶために、主
の訓練を喜んで受けましょう。