2011年4月17日
第三聖日賛美礼拝
「見えないものに目を留める」
司会 末宗姉妹
メッセージ 若本牧師
みことば
私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。
見えるものは、一時的であり、見えないものはいつまでも続くからで
す。 (コリント人への第二の手紙・第4章1 8節)
聖 書 コリント人への第二の手紙・第4章1 〜1 8節、
(今日の奉仕) 献金感謝の祈り:希望姉妹、週報読み:横田姉妹、
OHP:上田姉妹、マルタ:森口姉妹、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「信仰の戦い」
私は教会の皆さんに何度も新約聖書、特に書簡を読んで「キリストにあっ
て」「この方にあって」「主にあって」「彼にあって」と書かれている箇所
を書き出してみるように勧めました。なぜなら、キリストにある自分の立
場に対する理解の不足が信仰に対する大きな妨げとなるからです。これら
の箇所を書き出してみることによって、それらを覚える手助けになります。
新約聖書には、そのような表現が百三十以上あります。あなたがこれらの
聖句を自分のものとなるまで読み、黙想するなら、あなたの人生は変わっ
てくるはずです。これらの聖句を読む時には、自分にこう言い聞かせなさ
い。「これは私のことを言っています。これは私がキリスト・イエスにあ
って持っているものです。」私たちの人生にあってキリストがどんなお方
なのかについて良く理解する必要があるのです。なぜなら、この理解の欠
如が信仰の戦いの敵となり、信仰を妨げるからです。
「神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、
私たちが、この方にあって、神の義となるためです。」(Uコリ・5 : 2 1)
また義に対する理解の不足も信仰の妨げとなります。御子イエス様の血は
すべての罪から私たちをきよめます。(Tヨハネ・1 : 7)ですから、私た
ちは新生によって義人となり、新しく造られた者となったのです。私たち
は、
神様が如何なる不義の者も新しく造られなかったと知っています。私たち
はキリスト・イエスにあって神に造られた者です。神様は義である新しい
被造物を造られました。私たちは罪を犯したことのなかったかのように、
罪意識や罪悪感や引け目を感じることなく、神の息子、娘として神様の御
前に立つことができるのです。私たちは恐れて口を閉ざす必要はありませ
ん。私たちは誰はばかることなく神様の御前にでることができます。なぜ
なら、そこが私たちのおるべき所だからです。私たちは新生した時に、罪
を赦されました。私たちの過去の人生は存在しなくなりました。神様は、
私たちの罪を想い出されないのです。(エレミヤ・3 1 : 3 4)神様が思い
出されないのですから、私たちも覚えておく必要はないのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コイノニア(交わり)
*ミニ聖書学校
本日礼拝後、ミニ聖書学校の講義を行います。聖書を通して、キリス
ト教信仰の重要な鍵となる聖書、神、人間、イエス・キリスト、救い、
教会、終末について学んでいますが、今回は人間論、堕落した人間(罪
人)Wの講義を行います。祈り備えてください。
:*受難週
今週は受難週です。私たちのために主が成して下さった御業を覚えて
日々静まって祈りの時を持ちましょう。十字架の上で主が苦難を耐え、
いのちを捨てて下さった事実をもう一度思いめぐらせ、主の十字架を
仰ぎましょう。
*イースター感謝礼拝と愛餐祝会
次週はイースター感謝礼拝です。礼拝後バーベキューをして共に主の
復活をお祝いしましょう。愛餐祝会だけの参加も歓迎です。祈り備えましょう。
そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦し下さい。彼らは、
何をしているのか自分でわからないのです。」彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた。
(.ルカ・2 3 :
3 4)