2011年1月2 3日
第四聖日賛美礼拝
「間違った告白と正しい告白」
司会 亀井姉妹
メッセージ 若本牧師
みことば
イエスは彼女に言われた。「もしあなたが信じるなら、あなたは神の
栄光を見る。とわたしは言ったではありませんか。」
(ヨハネの福音書・第1 1章4 節)
聖 書 使徒行伝・第1 6章1 1 〜3 4節、
(今日の奉仕) 献金感謝の祈り:横田姉妹、週報読み:希望姉妹、
OHP:上田姉妹、マルタ:末宗姉妹、
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「完全な信仰へのステップ」
ステップ6 キリストにある私たちの義の現実
「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、
ただ、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、値なしに義と認められた
のです。神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、
なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義
を現すためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をも
って見のがして来られたからです。それは、今の時にご自身の義を現す
ためであり、こうして神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を
義とお認めになるためです。(ローマ・3 : 2 3 ~ 2 6)
これは一体どういうことを言っているのでしょう。神様はこの聖書の箇所
を通して何を私たちに教えておられるのでしょう。それは神様はイエス様
を通して御自分の義を宣言されたということです。神様は御自身義であら
れ、また私たちの義でもあられるということです。神様は、イエス様を信
じる者の義なのです。ローマ・5 : 1 7にはこうあります。「もしひとり
の人の違反により、ひとりによって死が支配するようになったとすれば、
なおのこと、恵みと義の賜物とを受けている人々は、ひとりの人イエス・
キリストにより、いのちにあって支配するのです。」ほとんどの人は、義
とは正しく生きることによって獲得するものだと考えてきました。義とは
正しさとか正しい立場という意味です。しかし、聖書ではそれは賜物と言
われており、私たちが良い行為や、偽りのない生き方をすることによって
獲得するものではないのです。賜物、すなわち贈り物というものは、私た
ちが受け取るものです。霊的発達の段階は実です。もし義が実であるなら
ば、聖書は「義の実」と言うはずです。しかし、聖書では「義の賜物」と
言っているのです。すべての神の愛する子たちは、それぞれ同じ義を持っ
ており、神様に対して同じ立場にあるのです。神様は、ある人を他の人よ
り多く愛することはなさいません。ある人の祈りを他の人よりも多く聞い
て下さるということはありません。この真理があなたの霊のうちに深く蓄
えられるなら、あなたの祈りは働くようになります。あなたは祈りの答え
を得るでしょう。
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コイノニア(交わり)
*シャロンとサラの会
本日礼拝後、シャロンとサラの会を行います。新しい年、主に仕える
ために、何をすれば良いのか。共に祈り、話し会いましょう。
*信徒訓練会
次週礼拝後、信徒訓練会を行います。信仰によって歩むために、主の
御言葉の約束を確信するために、大切な学びです。祈り備えて下さい。