証:「勇気を下さる神様」

皆さん、おはようございます。今日、証をすることになりました玉那覇俊彦です。人前で話すのは、得意ではないけれど、頑張ってやりますので、是非、聞いて下さい。

僕は小学校1年の時、もとから人と関わるのが苦手で、些細なことを気にしたり、人に何か言われたりすると、すぐ泣いたりと気が弱かったです。学校の環境に馴染むのも時間がかかり、いつの間にか自分でも気が付かないところで、精神的にストレスが溜まってしまい、ある日、そのストレスが病気として表れてきました。

小学校2年生の時、体に異変が起きました。それまで病弱で体が細かったけれど、病気のせいで体が太っていき、自分でもびっくりしました。学校でも太ったせいで、周りの人に「何で太ったのかー」と言われたこともあったので、ますます人と会うのが苦手になり、自分の殻に閉じこもるようになりました。

普通学級では色々とストレスが溜まって大変なので、二学期ぐらいから特殊学級に入ることになりました。そこは僕と同じ悩みを持っている人や、生まれつきの障害で言葉が上手に喋らない人が、自分の気持ちが上手く伝わらないために、パニックを起こして先生に危害を与えている人もいました。

初めの頃はパニックを起こす人も気にしていなかったけど、一ヶ月経ったら参って、特殊学級にも行かなくなりました。小学校も殆ど休むようになり、家に篭ることが多く、友達は学校を頑張っているのに、どうして自分だけが孤立しているんだろうという気持ちになって寂しかったです。

一方、僕の体の病気は段々と悪くなって、小学校3,4年生のときは、学校に完全に行かなくなりました。お母さんは僕の病気のことで、医学の本を読み漁ったり、神経質も酷くなっていたので、このままではお母さんも病気になるのではないかと心配しました。僕は病院で検査するために二週間ぐらい入院しました。注射とか点滴も毎日やったので、辛さのあまり、泣きたくなりました。

ちょうど、その頃、おばあちゃんが僕の病気のことを心配して、お母さんに教会のことを話すようになり、初めは耳を傾けていませんでしたが、僕は、神様がもし存在していたら信じてみたいなあーという気持ちになりました。

小学校5年には、病気が進行し、体が太っていく他に、くしゃみや鼻血が出る症状が表れてきました。僕は血を見ると怖さのあまり、泣き出したり、いつもタオルを持って外出するようになりました。鼻血は何日に一回だったのが、毎日出るようになり、血もなかなか止まらず、タオルが赤く染まっていくのを見たときは、このままで死んでしまうのかな
あーと死の恐怖に心が支配されて、どうすればいいのか大変でした。

病院で、検査をしたら、医者から、肝臓が悪いと診断され、肝機能の数値も非常に悪く、このままでは命に関わるぐらい進行していたことを知って、呆然としました。でも、その病気が僕の救われるきっかけとなりました。

その頃、お母さんは、教会に行く決心をし、僕は病気で苦しい日々を送っていたので、とにかく何かにすがりたい気持ちがいっぱいあり、教会に行くことが出来ました。教会に行って牧師さんに祈ってもらいました。

その翌日から、毎日出ていた鼻血も止まり、死のふちから救われたことを実感できたので、教会を勧めてくれたおばあちゃんに感謝したい気持ちでいっぱいだったです。

僕の病気をきっかけに、お父さん、お姉さんも教会に行くようになったので、とても嬉しかったです。病院で検査をしたら、肝機能の数値が下がり、命が生き延びられたんだなーという希望を持てて神様に感謝しました。

教会へ通い続けると臆病な思いが取り除かれ、心も少しずつ強くなり、いつしか洗礼を受けたいという思いも与えられました。僕は小さいころから水が怖くて洗礼はどうなのかなーと心配していたけど、みんなの祈りのおかげで無事受けることが出来ました。

中学に上がると、僕は学校に行きたいという思いが与えられ、それがいつしか夢になり、それが実現できるようにと祈っていました。けれどなかなか出来ないので「自分はずっと学校へ行けないのかなあ」とか「ダメな人になってしまうのかなあ」と劣等感を抱くようになりました。

周囲の人達は学校に行っているのに、どうして自分だけがと思って、何もしないで生きるというのも嫌になり、お母さんにも「何で自分だけ学校に行けないの」と責めたりすることもありました。

けれども、教会で「神様の御心に適う時期に祈りが聞かれる」その言葉を聞き、今すぐという焦りの気持ちがなくなって、神様の御心に適う時期になったら勇気を与えてくれて行かしてくれると信じて、期待しました。

中学二年の頃、そろそろ学校に行ける時期なのか、自分にも少しずつ勇気が与えられました。あのころ、中学校でいじめの事件があったのと6年間も学校に行っていないので、養護学校が良いと勧めてくれました。僕は養護学校と聞くと、体の不自由な人や、話の出来ない人達が通うところというイメージがありました。だから自分では、あまり障害児とは認めたくなかったけど、お母さんの話を聞いていたら、僕の小さいころに、言葉や知能、運動の発達に遅れがあったことを話していました。それが障害にあてはまるものだったので、自分でも納得して、大平養護学校に入学しました。

僕は6年間も学校に行っていなかったので、1年生から学校をスタートしました。夢が実現したとき、神様が祈りを聞いてくれたと思い、嬉しかったです。初めは、色々と戸惑いもあったけど、祈っていくうちに雰囲気にも慣れて、友達も出来ました。

高校に上がると、部活もやって体が鍛えられるようになり、校内陸上大会、駅伝大会、養護学校体育大会の陸上の種目で、金メダルを取ったりと大活躍しました。今は、高校3年で、生徒会長を務めたり卒業後の進路のことで頭がいっぱいです。神様に祈って御心に適う進路を期待していきたいと思います。

教会は、頑張っていけるのかなあーと不安だったけど、牧師さんや、教会の人も優しくて雰囲気も良いので、すぐに慣れました。今は、お姉さん、あばあちゃんの3人で頑張っています。これからも頑張りますので、よろしくお願いします。これで僕の証を終わります。皆さん、聞いてくれてありがとうございました。

T.T兄