証:「生かされている喜び」

「Rejoice in the Loed always. (いつも主にあって喜びなさい)」(ピリピ4章4節)

この言葉をの意味を知るのに、私はどれだけの試練を受けてきたでしょうか。

私は、現在27才で、フィリピンにおいてカウンセラーになるための勉強をしています。私自身、この現実に驚いており、また私を支えてくださる家族や友人、教会で私のために祈ってくださる方々に感謝しています。ただ、やはり社会的に見れば、27才にもなって就職もせず、しかも外国での学生生活を送るわけですから、端から見れば「わがまま・お気楽」な娘に映っていることでしょう。ですから、私のようなものが、主を証しする証人として、このようにペンをとっているのですから、神様のなさることは、不思議としかいいようがありません。ただ、この場を借りて神様が私にどんなに素晴らしいことをしてくださったか、また私のようなものに、どんなにか素晴らしい計画を用意してくださっていたかについて述べさせていただきたいと思います。

私は、4人兄弟の末っ子として家族の愛情を独り占めして育ちました。また両親がクリスチャンということもあり、神様の存在を疑うことなく育ちました。しかし、小学校に入るころには、周りの友達は教会に行くという週間の無い子供たちばかりでした。そのような理由もあってか、私はよくいじめられる子供でした。また兄弟の中では、一番容姿も悪く、両親は良く「顔で勝負できないから、心や頭を磨こう」と私に言い聞かせていたものでした。中学までは成績の良い子として過ごしていました。しかし、それは自分の力だけで頑張っていたように思います。それは何故かというと、容姿コンプレックスを元に成績が良ければ、周りの人々に受け入れられるので必死になって勉強していたのですが、大学受験に2度失敗し、希望を失い家族にも、友達にも辛く当たりました。

神様を信じているにもかかわらず、私は本当に自分勝手な生き方をしていたのでした。自分自身に失望し、希望もないまま、不平不満の中で、大学4年間を過ごしました。しかし卒業前のある日、一人のクリスチャンに出会い、また教会に行くことになりました。そして真剣に聖書を読み始めたとき、

「金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。『わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。』そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。」(ヘブル13:5,6)

この言葉をが心に留まりました。私は、今まで私自身の持っている良い点には目もくれず欠点ばかり気にして不満を持って生きていたのです。しかし、そのような私に、イエス様は「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」とおっしゃってくださったのです。私はその時から、苦しいことや辛いことがあっても、心に平安を持つことが出来るようになったのでした。

世間ではよく「生きがい」とか「生きる喜び」について論じられていますが、私はこの言葉をから「生かされている喜び」を見いだすことが出来ました。そして私はいつも主にあって喜んでいることが出来るようになりました。

今、フィリピンの地で、色々な試練、辛いこともありますが、昔からの夢を実現させるために頑張っています。神様の愛に心から感謝しつつ!

T.M姉