証:「神様からのプレゼント」

もうすぐクリスマスです。街にはきれいな飾り付けがあちこちにつけられて、なんだかワクワクしてきます。私も幼い頃からみんなでクリスマスを楽しむのが大好きでした。美味しい食事にプレゼント交換など楽しいことばかりです。しかし、なぜクリスマスを楽しむのか、その意味を考えることはなく、クリスマスがイエス・キリストの誕生を祝う日ということをいつ頃知ったかは覚えていませんが、あまり気にすることはありませんでした。

私が中高校生の頃、父は、いつも体調が悪かったので、ユタを度々家に招いて伺いをたてたり、病気を治すという新興宗教の本を読んだりしていましたので、私も霊的なものに興味を持つようになりましたが、ユタや新興宗教を信じても何の解決もありませんでした。逆に、これらはますます私の心を不安にしていきました。

その頃、私にはクリスチャンの友人達がいましたので多少、キリスト教に興味を持つようになり、文庫本の新約聖書を読むようになりました。そのうちに意味の分からない事などがどんどん増えてきたので、クリスチャンの友人にいろいろ教えてもらっていました。

そんな時、その友人に教会にさそわれて行きました。そこで私は、「神はあなた(私)を愛している。」ということを聞きました。それを聞いた時、自分が今まで神と思っていたものと全然違うのに驚きました。

私が思っていた神はユタがいうような先祖の霊で「あれをしろ、これをしろ、でないと病気は治らない、悪いことが起きる、誰々が何をしたのか知っている」というような強迫じみたものであったので、聖書の神が私を愛しているなんて思ってもみませんでした。
それからますます興味を持ち、クリスチャンの友人達の家庭集会にも参加するようになりました。そこで、彼らが聖書の神を信じ、喜び、賛美する心に、私の心も徐々に動かされていきました。

そして教会の集会に誘われていった時に、そこでイエス・キリストが私の罪の身代わりに十字架につけられ死んだこと、三日目によみがえったこと、このイエス・キリストを信じるすべての人には罪の赦しと永遠の命を与えて下さるということを信じました。

私はあまりの罪深さ(恨み、ねたみ、高慢、うそ、盗み等々)を気づかされ、悔い改めに導かれ、心が痛むと同時にイエス・キリストによって罪の赦しと永遠のいのちをいただいた喜びで涙があふれてとまりませんでした。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3章16節)

この日から、イエス・キリストは今も生きておられ、私をだれよりも愛しておられることを聖書を通して、祈りを通してはっきり知るようになり、いつも読むたび祈るたびに心が満たされるようになりました。

イエス・キリストを信じて初めてのクリスマスはすごく感動したのを覚えています。今は、街がクリスマス色に染まる頃になると、神様が私達のために与えて下さったプレゼント、イエス・キリストに思いをよせ、感謝の気持ちでいっぱいになります。

K.M兄