福音ニュース


2019年4月号  福音ニュース

キリストは最高の御方

史上最高の本は聖書。
史上最高の音楽の一つは、バッハの「マタイ受難曲」。
史上最高の名画の一つはレオナルド・ダビンチの「最後の晩餐」。

これらに共通する主題は、イエス・キリストの受難です。なぜ、歴史に輝く偉大な芸術家たちが、表現の対象として、イエス・キリストだったのでしょうか。
これらの偉大な芸術家たちは、イエス・キリストを信仰することによって、その天才的能力が真価を発揮し、輝きを解き放ちました。彼らは、キリストの受難を自分の人生で体験したのです。
月が太陽の光を反射して輝くように、彼らは、キリストの偉大さと栄光の輝きを音楽、絵画で表現したのです。彼らの作品は、時代、地域、言語を超えて、人類の遺産として、人々の心に訴え、生きる力、喜びを湧き上がらせています。
「マタイ受難曲」でのソプラノ、アルト、テナー、バスの聖書の歌声、バイオリンの音色、合唱は十二弟子の一人、マタイによる福音書26-27章を表しています。偉大な絵画、音楽の源泉力であるイエス・キリストは今も、あなたを愛しておられます。
市ヶ尾キリスト教会は毎週日曜日、10時半から礼拝があります。初めての方、歓迎します。


 彼は本が大好き。中学の時に読んだ,釣りの本で、カジキの写真を見て、願った。「この魚を釣りに行こう」あれから、20年経った。TVチャンピオンにもなった。社会人になり、お金も貯めた。
カツオの一本釣りや、マグロも釣り、腕を磨いた。カジキの大魚を釣るための準備ができたと思った。
 問題は釣るときは何時がいいか?おいしい冬がいいと思う。
船の手配だ。船にチャーターすると、3月18,19日だった。航空券は兄貴がポイントで「何時もおいしい魚を食べさせてくれるから」と、言ってくれた。
 与那国島に行った。18日は風もあり、キメジとカツオとサメだった。気を取り直し、19日祈りつつ、船に乗った。「・・・ヤッホー・・来たよ、釣り竿がしなった。ほっほっほー」出ごたえ十分。
横浜に帰ってきた。「体中の筋肉がミシミシ、ギシギシって感じかな。やったー!130キロだよ。130キロ。神様に感謝したね。」「願いをかなえてくれてありがとう」


2018年12月号  福音ニュース

クリスマスのもたらす栄光の輝き

さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。
すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。御使いは彼らに言った。
「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」
すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現われて、神を賛美して言った。「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」
(新約聖書 ルカによる福音書2章8-14節)

1.クリスマスは、全世界の救い主イエス・キリストの誕生を祝うお祭りです。
2.クリスマスは、聖書に記録されている歴史的事実であり、全人類の歴史を変え、将来に希望を与える祭りです。
3.クリスマスには、秘密の力があり、あなたの心に光をもたらし、あなたの家庭に天からの平和を運び、あなたの人生を輝かせる威力があります。
4.クリスマスは、今のあなたのためにあります。

あなたも心を開いて、クリスマスが招く栄光をのぞいてみませんか。
私たちは、あなたを歓迎します。


あなたのためのキリスト

すべての人は、何らかの問題を抱えています。それは、この世界が天国ではなく、多くの苦しみ、むなしさ、迷い、病、恐れがあるからです。
 このような暗い世界の中に住む私たちのために、キリストはこの世に来てくださいました。今、子供も心を痛めている方が多くいます。イエス様は子供の心が純粋で素直に心をひらくと、おっしゃっています。
キリストは十字架の上で、私たちの罪、病、恥、のろいを身代わりに、さばきを受けて死んでくださいました。そして三日目によみがえり、キリストを信じるどんな人をも、悪の支配する闇の世界から、光の世界に移す「永遠のいのち」の道を切り開いてくださいました。イエス様は子供に罪はないとおっしゃっているのではなく、救われるために大切な心の在り方を大人に教えているのです。
 あなたは人生の重要な局面に立っておられますか?傷んでおられますか?子供のように心を込めて、素直になって、こう祈ってみませんか。

「天の神さま。私は的外れの人生を送っていました。今、私は助けてほしいのです。どうか教え導いてください。」 

と心から言ってみてください。
イエス様を助け主、救い主として心に迎え入れ、信じたとき、心に平安を体験することができます。平安の中に移されて初めて、これが長く求めていた救いだと、わかります。心から喜びに感謝があふれます。解決の糸口が見つけられます。あなたの上に、天の神からの豊かな祝福がありますように
「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた。」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。(聖書)
ぜひ教会の礼拝に来て、イエス様を体験しませんか。


 

 

 病院の5階の窓から、通りを行き来する車の流れを見て私は考えていた。
 田舎の本家の一人っ子で、自分の人生を親の言う通りに過ごしてきた私は、信頼していたはずの親も絶対正しいわけではないことに気づいてから無気力になり親に対してひどく反抗的になっていた。
また、やりたい勉強があるからと入った短大も忙しさに追われるばかりで余裕がなく、人生の目的さえわからなくなっていた。
 部活の打ち上げでは、悪い事とわかっていながらも未成年なのにお酒を飲む場所についていくことで孤独をまぎらわそうとした。
 おまけに自分がいつも注目されることを切望するあまり、可愛くてしっかり者の友達に嫉妬して、意地悪なこともしていた。でも、いつも虚しかった。
 そんな時に車との事故。
自転車の私は頭部を38針縫い、脳挫傷、頸椎捻挫と1年間の療養を余儀なくされた。
手術の為に、きれいに剃り落とした頭の毛が伸びていくのを待ちながら、本屋で買い込んだ本を読んでいた。その中には、高校生の時友達に勧められた三浦綾子さんの「氷点」もあった。読み進むうちに、この作者の考え方は私と同じかもしれないと思いが湧いた。作者の三浦綾子さんがクリスチャンであることを知った私は、シメタ ︎と思った。短大には、毎週礼拝の授業があったのだ。
 復学してからの礼拝の授業は、それまでの居眠りや英単語を覚える時間ではなく、涙が止まらない時間になった。教会には何かある!就職したら教会を
探してみようと、よくわからないままだが、教会に行く決心をした。教会の階段の壁には、どこかで見たことのある聖書の言葉がかけてあった。
「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなた方を休ませてあげます。」言いようのない安心感に包まれたのを覚えている。
 ある日曜日、牧師先生の話により、母親を憎む事が罪である事がわかった。
祈ってから母に電話をして謝った。
心の中が随分、楽になった。また繰り返していたお菓子をいちどにたくさん食べて、挙句の果てには自分で吐くような過食も、神様が喜んでいないことがわかり、やめられるように祈ったところすぐにやめられた。
 今は、孤独ではない、いつもイエス様が共におられる事がわかったから。そして、虚しくもない。「何の為に生きているのか」
天と地と万物の造り主である神が、私のような人間を愛していてくださるから、その神様を喜ばせる為に生きている。神様に本当に感謝している。(T.Jさん)

 

 

私は結婚しても、会社勤めをしていました。最初の子どもを妊娠して産休育休を頂き、息子が1歳9ヶ月の時に、職場復帰しました。
  復帰すると、それまで家庭と教会中心だった生活から、一気に仕事と育児に奮闘する生活に変わりました。子育てをするにも時間と体力が足りず、教会も日曜礼拝に行くだけで精一杯、主人にも家事と子育ての協力をお願いせざるを得ないような状況。何よりも子供にちゃんと手をかけてあげられていないという思いで、ただただ毎日が過ぎていってしまう事がとても辛かったです。
  もともと、女性でも仕事をして経済的精神的に自立したいという考えの私でしたが、自分の人生の時間の過ごし方に疑問を感じ、その時に初めて退職という考えが頭に浮かびました。ただ今後の自分のキャリアと経済的自立の道が無くなる事が不安でたまらず、やはり辞めない方が良いような気もして、とても悩みました。
 そんな中、家族で、教会のキャンプに参加しました。夫婦での学びをして頂いた際に、牧師先生から、「ある主人がその年大豊作でもっと大きな蔵を作ろうと、山ほど食べ物を蓄えていたが、死んでしまった、私たちも地上のはかないものではなく天に宝を積みましょう。」という内容のお話を聞きました。
そのお話を聞いた時にパーっと自分の心が晴れたような感じがしました。神様が私の握りしめていた価値観を一瞬で変えて下さいました。
よく考えると、私はとても心配性で、必要以上に経済的困難を恐れる心を持っていました。貯金しても貯金しても不安で、さらに貯金する為に働く。生活するには十分に足りるお金があるのに、私は、自分の不安な気持ちを解消したいがためだけに、たくさんの犠牲を払って働いていた事実に気付かされました。
牧師先生のお話を聞いてからは、「はかない地上での蓄えの為に、家庭、子育て、教会生活、全てを犠牲にしているなんて!」「すぐに辞めよう」と決めました!
主人とも相談し、キャンプ開けての最初の出勤日に、上司に話し、退職が決まりました。そして驚くことに退職が決まったすぐあとから、主人の給料がどんどん上がりました。それは今でも続いています。私の退職は本当に神様のお導きだったのだなぁと感じています。私は共働きが良くないと考えているわけではありません。社会で活躍しながらも、立派に子育てして神様に仕えている素晴らしい方もたくさんいらっしゃると思います。ただ神様の私へのご計画はそういう道ではなかったというだけです。
  私が退職してからは家庭の雰囲気、主人との関係、子供の様子、全て本当に良く変えられました。特に子供は精神的に安定し、目覚ましく成長しています。私自身も子育てに専念する喜びに、日々感謝し過ごしています。自分が計画する何倍も素晴らしい神さまのご計画に感謝です。
(A・Kさん)