大阪聖書学院季刊誌「たねまき」(1999年秋季号)のテーマ「我ら、何をなすべきか」に出稿を求められて書いた文です。

           「ローカルとグローバル」

 みちのく仙台での伝道に導かれて早十年。まだまだ駆け出しですが、大きな変化のあった十年でもあり、さまざまな感懐を胸にいだきます。この地に根を下ろすほどに明らかになってきたのは、人々の心の深みにある、生きることをめぐる苦悩です。そしてここにこそキリストの福音が光となって解放の働きをするはずのものなのですが、現実には苦悩が容易に解決されないということを体験し続けています。福音と現実とのはざまに立って「我ら、何をなすべきか?」これはまさしく私の問いでもあります。

 この質問は五千人の給食の直後に主にむかって発せられました(ヨハネ6:28)。これほどの奇蹟を見ながら、人々は目の前にいる方がキリストであることを信じることができなかったのです。また紅海渡河の直後ですら、民は主に向かって飲み水がないと呟きました(出エジプト15:24)。カルメル山のエリヤ然り(1列王18,19章)。そうとすれば、「我ら、何をなすべきか?」。

 私の父は多発性脳梗塞のために、ここ数年入退院を繰り返していましたが、昨年、喉が麻痺し、食物嚥下と会話ができなくなりました。十月に病床洗礼を受けましたが、信仰を持った時、不自由な喉で「アンシンした」と叫びました。その後、歩行もできなくなった上に、今年の夏には感染症のために左下肢切断手術を余儀なくされました。度重なる病状悪化に、父が信仰の危機に直面した時のことです。聖書も聞きたくない、祈りも要らないという表情の父に、私は思い切って「お父さん、もしかして、なぜだか分からないけどものすごくアンシンな気持ちになる時がありませんか?」と尋ねました。拒絶反応を示していた父の動きが止まり、明らかにそのような時があることを示しています。私が続けて「それは、イエス様がみんなの祈りに答えて、お父さんに下さっている平安ですよ。お父さんは一人じゃない。イエス様とみんなが一緒ですよ」と言うと、父の目から涙が溢れました。それ以来、聖書と祈りと讃美を再び喜んで受けるようになりました。私もインマヌエルの主が父と共にいて下さっていることに大きな慰めと励ましを受けたのです。

 「我ら、何をなすべきか?」との人々の質問に対して、主は「神がつかわされた者を信じることが、神のわざである」と答えられました(ヨハネ6:29)。グローバルな視点や働きの求められる現代ですが、主イエス御自身はあくまでローカルに、悩み苦しめる人の傍らに立つインマヌエルの方です。確かに現代はさまざまなメディアの発達によって、短時間内に地球大のコミュニケーションが可能になっています。しかし、実に多くの人々が身近にいる人との意志疎通に大きな困難を覚えています。そして同様のことが最も身近におられる主との関係にも言えるのではないでしょうか。

 信じたくても信じることのできない人々や、信じたはずなのに信じ通すことに困難を覚えておられる人々の傍らにあって、またグローバルの前線に立たされている者として、主にとりなしてゆくことの大切さを深く思わされる日々です。