それゆえに�~の榮えに達せず

　　　24つねに義とせられつつ

　　　　賜物として

　　　　その恩惠により

　　　　キリスト・イエスのあがないによりて。

　

　かくて二三節、二四節は、短き句または語を接ぎ合せたような文章である。ことに二四節のごときは、語と句を並べたというまでのもので、一の成文となつていない。上掲の直譯は、この兩節を假に六行に分けてしるしたのであるが、原文にて、その第一行は三字より、第二行は六字より、第三行および第四行はともに一字より、第五行は三字より、第六行は七字より成つてゐる。（ともに冠詞をも加算して）。全部合せて三一字である（二三節は九字、二四節は十二字）。かく短く、とぎれとぎれの語をもつて、人類永遠の運命に關する大眞理が説かれたのである。そはあたかも電報のごとくである。語は簡單であるが、意味はすこぶる深長である。

　

　まず二三節を見るに、その二二節の理由を提示せしものたるや明らかである。二二節は、�~の義が信ずる者に與えらるることを説く。すなわちこれみずから起すところの義にあらずして、他より與えらるるところの義である。然らば何ゆえに人はみずから義たるを要せずして、他より義を與えらるるに至つたのであるか。これに二三節は答えてまず言う、「そは、人みな罪を犯したればなり」と。既往において人はみな罪を犯したからであると言うのである（二三節の前半句の動詞は過去であつて、後半句のそれは現在なるに注意せよ）。人はみな、誰人といえども、一人残らずすでに罪を犯したのである。人はいずれも既定的に罪人である。ゆえに律法の行いによつて義たらんとするも不可能である。みずから義を立てて、�~の前に己れ義たらんとするも、そはすでに破れし紙を本どおりにせんとし、こぼれし水を舊に返さんとするがごとく不可能である。ゆえにかかる人類というものが、義を得べき唯一の道は、この義を�~より與えられるよりほかにはないのである。すなわち人はみな罪人なれば、信仰のゆえに�~より義とせらるる恩惠を受くるほかないのである。これ實に義ならざるに義とせらるる唯一の道である。かく、二三節は二二節の説明を與えてゐるのである。

　

　二三節後半は「それゆえに（人は）�~の榮えに達せず」と言う。「それゆえに」原語 και（カイ）は、英語の and（アンド、そしての意）に當る。そしてアンドが種々の意味を傳うるとひとしく、カイもまた種々の意味を傳える語である。この場合のごときは「それゆえに」（その結果として）の意を傳えてゐることと思う。すなわち人はみな罪を犯したるゆえ　−　犯したる結果として　−　�~の榮えに達しないというのである。さらば「�~の榮えに達せず」とは何を意味するのであるか。これについて種々の見方があるが、その中のおもなるものとして二つを擧げることができる。第一は、キリスト再臨の時において�~より榮えを受くることを得ない、榮光を冠せられ榮化することを得ないことを意味すると見るのである。すなわち、人はみな罪を犯したるゆえ當然滅亡するという意味になるのである。これはたしかに一つの有力な見方であるが、文字上の故障のために、これを採用しがたしとなす人があるのである。

　ここにおいて第二の見方が生れる。これによれば、人は元來�~に似せられて造られたるものである。創世紀第二章二七節は言う、「�~その像のごとくに人を創造りたまえり、すなわち�~の像のごとくにこれを創造(つく)り…」と。ゆえに人は元來�~の榮えを着ておるべきものである。然るにアダムまず罪を犯し、すべての人また彼にありて罪を犯せしゆえに、この榮光は彼らを捨て去つたのである。彼らが�~を捨つるとともに、この榮えも彼らを捨てたのである。見よ、彼らの面にあらわるる悲蓼の影を。見よ、徨々相さまよえる彼らの力なき姿を。彼らはたしかに�~の榮えを失いしものである。天より追われて地の泥に塗(まみ)るるに至りし者である。されば彼らはみな罪を犯したるがゆえに、�~のこの榮えを失つたのである。すなわち人みな罪を犯したるがゆえに、�~の榮えに達しないのである。これ第二の見方である。

　

　邦譯聖書が「�~の榮えを受くるに足らず」と譯したのは、第一の見方によつたのである。しかし「受くるに足らず」の原語は、達せずまたは缺くという意味であるゆえ（英譯聖書に fall short of とあるのを見よ）、第二の見方も優に成立するのである。ゴーデーのごときは、この動詞の意味から見て、第一の見方は到底成立しないと斷定してゐるほどである。

第二の見方の熱心なる主張者たるゴーデーは言う、「�~の榮えとは、�~自身より發出し來るところの−−そして�~とともにあるところの人に彼が與うるところの−−聖なる輝きである。�~はこれを與え得る。そは彼自身がそれを持つており、それが彼の本性に屬せるものであるからである。初め彼が人を清き者かつ幸いな者として創造したときには、すなわちこの輝きの一部を人に送つたのであつた。そして人が無罪より聖浄に進むに從つて、この輝きがますます光輝を増すようにしておいたのである。然るに人は罪におちいつたため、その受けていたもの、およびこれより受けんとするものを、兩方とも失つてしまつた。王位を失つた王である。王冠が頭より落ちてしまつたのである」と。

　

　第一の見方と第二の見方のうち、いずれが正しいかは容易に定めがたい。すなわち「榮えに達せず」とは、後に起る滅亡を指すか、あるいは今あるところの堕落の状態を指すか、明らかでない。けれども罪を犯すことそのことが、人を�~の榮えより遠ざけるものであることはきわめて明瞭である。人は罪を犯した、そのために本具の榮えを喪失したのである。あるいは、人は罪を犯した、そのために後に受くべき榮えを受け得ないのである。これ實に人間の實状である。何かあるものがこの状態を破らないかぎりは、人はこの悲惨なる運命より解かれ得ないのである。人はみな罪を犯して�~の榮えを遠ざかつてゐる。人は律法の行いをもつて�~の前に己れを義とすることはできない。ゆえに律法のほかに今、�~の義があらわれた。�~はキリストを信ずる者に、その信仰のゆえに、義を賜う。すなわち人はキリストを信ずれば、そのために、罪人たるままにて義とせらるるのである。これ二一節 〜 二三節の説きしところであつた。然るときは、何ゆえにかかる恩惠の救いが人に臨むに至つたかという疑問が當然ここに生起せざるを得ない。我らはこの疑問に答うるものとして、二四節 〜 二六節を見るのである。

　しかしながら、この二四節 〜 二六節は、文章としてはあまりに簡潔にすぎて、ただ若干の句を並べただけのものである。パウロは自己の義とせられし實感を囘想して、感謝の念に堪えがたく、感激のあまり、心より發する純なる叫びをそのままに並べしるしたのであろう。ゆえにその包む生命力は、外装する不備の文字を破つて躍り出でてゐるのである。あたかも甘露の一滴また一滴天より降るがごとく、一語一語、一句一句に、言いがたき力と生命とがこもつてゐる。これを解するためには意味を補足するほかないのであるが、いかように補足されても、意味の中心點には大差がないのである。

　まず二四節を見るに、第一に「義とせられつつ」の語が立つ。英語にては being justified と二字に譯してあるが、原語は δικαιουμενοι（ディカイウーメノイ）の一字である。これ文法上のいわゆる現在分詞である。ゆえに「つねに」という意味をふくんでゐる。されば「つねに義とせられつつ」と譯して初めて原意を充分に表明したことになるのである。わずかに一語であるが、その中にかぎりなき恩惠と慰籍とを我らは感ずる。我らはつねに義とされつつある。我らの義とせられるのは一時のことにかぎられないで、継続することである。我らは單に悔い改めたとき、または十字架のあがないの信ぜられたそのときに、一時義とせられてやむのではない。つねに義とせられつつ、かの時にまで至るのである。

　

　我らは悔い改めて�~に歸するに至つたのちといえども、決して全き聖浄無罪に達するものではない。波瀾重畳は實に信仰生活のつねの姿である。比較的聖きこともあるが、罪におちいりて悲しむこともまた度々である。ひとたび誘いに克ちて喜びにあふるるも、ただちにまたこれに負けて、深き悲歎と重き憂鬱に襲われる。罪を犯してのちはいたくこれを悔ゆる。しかし悔いし罪をまたたちまち行うに至る。我らの信仰生活において、理想と實際との相去ることは千里もただならぬのである。これキリスト信者特有の苦惱である。そのために自己を僞善者と見て大いに失望し、その極、ついに信仰を捨つる者も決してすくなくない。ある人は、悔い改めしのちの生涯においては、人は決して罪を犯さないと言う。しかし不幸にしてこれ我らの實際の經驗と相反してゐる。人は信仰に入りてもつねに罪を犯しつつあるのである。ゆえに「つねに義とせられつつ」行く必要が起るのである。人の信仰生活においてなし得ることは、絶對的に罪を犯さないことではない。十字架のキリストを仰ぐことである。そしてこの信仰のゆえに、人は「つねに義とせられつつ」行くのであめる。人はつねに罪を犯しつつ、つねにゆるされつつ行くのである。ゆえに「つねに義とせられつつ」すなわちディカイウーメノイの一語は、罪に惱めるキリスト信者にとりては大なるなぐさめの語である。かくして初めて我らに眞の安心が臨むのである。一度義とせられしだけにて、後はみずから義たらねばならぬということならば、我らの生涯は重荷の壓迫に潰え果つるだけのものである。つねに義とせられつつ進み行くは、この上なき恩惠、類例なき慰藉である。

　

　かく言うときは、人はいかに多く罪を犯してもよいということになつて、その結果はただ人を放縦におとしいれるのみであると言う人がある。けれどもこれはこの事を實驗しては味わわざる人の抗議である。このことは、あるいは僞りの信者にはその放縦を辨護する好辭柄となるかも知れない。しかしそれはおのずから別筒の問題である。いやしくも眞に悔い改めたる、そして主の十字架を負いて從わんとしつつある誠實なる信徒にとつては、これが健全にしてかつ強力なるなぐさめを與うること、言うまでもない。

　

　二四節の第二語は「賜物として」である。英語聖書はこれを freely（無代價にて、價いなくして）と譯し、邦譯聖書は「功(いさおし)なくて」と譯してゐる。この原語 δωρεαν（ドーレアン）は、δωρεα（ドーレア）すなわち「賜物」という語の一變化であつて、「賜物として」を本來の意味とする語である。賜物であるゆえに、無代價でまた功なくして得ることにはなるが、「賜物として」が本來の意味である。すなわち�~よりの義は「賜物として」與えらるるものである。報いではない、報酬でも給料でもない、ただ賜物として、子が何かを親よりもらうごとくにもらうのである。すなわち、もらいに行きさえすれば自由に與えらるるところのものである。實に絶對の恩惠、何ら人の功によらず、來る者の汲むにまかするところの、生命の泉なる「�~の義」である。ただし信仰という汲み器を持ち來らざる者は、この泉より生命の水を汲み取るを得ない。ゆえに人々よ、忘るるなかれ、汲み器をたずさえて來ることを。いかに「賜物として」無料にて與えらるる生命の水なりとも、汲み器なき者はこれをわがものとするを得ないのである。

　

　この「賜物として」の原語ドーレアンは、新約聖書に八囘ほど用いられてゐる。そしてその多くは「價なしに」と譯してある。かのマタイ傳一○章八節にある「汝ら價いなしに受けたれば、また價いなしにほどこすべし」もこの語を用いてゐる。

　

　賜物として受けたればまた賜物として與えよとの意である。その他コリント後書第十一章七節、テサロニケ後書第三章八節、黙示録第二一章六節、同第二二章十七節等に、いずれも「價いなしに」と譯してある。これみな「賜物として」の意である。「願う者は、價いなしに生命の水を飲むべし」とあるごとき、その一例である。

　

　「賜物として」の次ぎには「その恩惠により」の句がある。「�~の恩惠により」の意である。賜物を與うるにも種々の意味がある。人の世において行わるる賜物の賦與は、多くはこれを受くべきある理由ある場合にかぎらるるのである。家臣がある功を立てしため、君公よりある賜物を與えらるるごとき、學生が成績の優良なるため、賞與にあずかるごとき−−この種の場合が人間世界には多いのである。然るに賜物として與えらるる�~の義は「全く恩惠として」與えらるるのである。�~の恩惠これすなわちこの賜物の與えらるる意味である、�~はその義を義ならざる者に與えたもう。恩惠としてこれを與うるが�~の�~たる處以である。親はその子に對するにもつぱら恩惠をもつてす、これ愛のゆえである。�~は罪あるものに對するにもつぱら恩惠をもつてす、これ愛のゆえである。彼はこの親心をもつて人に臨みたもう。ただ恩惠より出でて、賜物として義を人に與えたもう。そのために、人は義ならざるに義とせられて�~の前に立つことができる。人は「賜物として、その恩惠によりて」つねに義とせられつつ行くと。これパウロの強く主張した全恩惠の�ｉｹである。

　

　二四節の最後の句は「キリスト・イエスのあがないによりて」である。人は何ゆえに、價いなくて、ただの恩惠によりて義とせらるるかとは、當然この際起るべき疑問である。この至大の特権が人に與えらるるは何ゆえか。あまり良すぎて信ずるに難しと思わるるほどに、これは人の思いに過ぐる絶大の恩惠である。この恩惠の根柢如何、これに答うるがこの一句である。「キリスト・イエスのあがないによりて」と言う。これ人の義ならざるに義とせらるることの根柢である。