2021年3月7日付の吉岡利夫さんからの手紙
主の御名を賛美致します。
野市キリストの教会の服部先生からの速達便で、八ヶ岳の仙人と慕い敬う飯島正久先生が一月九日の朝十時に天に召されたニュースを知りました。「キリスト教界の巨星墜つ」の言葉を以て私はこの獄中から服部先生を通して、港キリスト教会や関係各位にその弔意を表し、発信していただきました。
私は飯島大先生に直接お目にかかった事はなく、往復書簡での交信も数回しかありません。また大先生の著書や礼拝メッセージの中でしか知らず、更に私が読んだ何冊かの大先生の著書に中でしか存じ上げていません。その私がましてこの獄中から生意気な物言いになりますが、大先生は「植える者、水を注ぐ者」という表現よりも、「涙とともに人の心に種をまく」牧会者(詩篇126:5)であったのではないかと思うのです。涙の源泉はゴルゴダの丘の十字架のもとより流れ来るキリスト・イエスの血潮です。
獄中で神に召され招かれた私の14年間の信仰生活の中で「吉岡兄はもう十分罪をつぐなっているのですから、一日も早く出て来て会える日を楽しみにしています」と言葉にして直截に言って下さったクリスチャンは大先生が唯一です。服部先生に「吉岡兄は何故に出て来れないのですか」と食い下がり案じて下さっていたのです。只々私は感涙にむせびました。
2015年の12月、飯島大先生が倒れて緊急入院をしたニュースに押っ取り刀で駆け付けたい衝動に駆られましたが、囹圄の身にはどうすることも出来ず、祈りとともに私はとにかく大先生に読まれなくても、という思いから山梨県立中央病院だったかに手紙を発信しました。大先生は誠実で、その愛のすごさは、直筆で、それも震える手で私に返信の書簡を書いて下さったのです。
その後、大先生は回復に向かい、ご自宅に近い病院に移られました。で、私は自分の郷里の者に依頼して、父親がいつも愛飲していた「ごっくん馬路村」というブランド名のジュースをお見舞いに大先生の病室に届けてもらいましたが。その時にも大先生はご自身が重い病の床にありながら、直筆の礼状の書簡には「吉岡兄ガンバルのですよ」と反対に私に対する信仰の激励と、この境遇を憐れんで下さったのです。そして、その手紙を最後に飯島大先生の近況と情報は途絶えたのです。勿論、私は大先生のご回復を祈り続けていました....
千田先生から届けていただきました「宗教法人四谷ミッション」からの「ご報告」の冒頭にも記されていますが、この地上で100歳の生涯を終えた大先生の魂は天に召され、天の軍勢に招集されたと私は確信するのです。「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」と言いますが、大先生はご自分の身体は献体として地上に残されたのです。飯島正久大先生のキリストにある(者)としての最後の所作は男前です。私が言うのはおこがましいのですが、八ヶ岳の仙人 あっぱれです!!
千田先生の言われる通り、自己卑下な偽悪には注意をします。ただ正直に申しまして、獄中の信仰は孤独で、時にしてその限界に打ち倒されます。職員の安易で理不尽な対応や若い同囚の言動や煩雑な対人関係のしがらみに振り回され、知らぬ間に面前で押し出されて矢面に立ち、気がつけばその梯子が外されて自分一人が不利益(閉居罰)を被るのです。また、今もまだ己の短気な性格に私は苦しみ悩まされているのです....。
飯島大先生はご著書の中で「クリスチャンの内的戦いは、目立たぬ隠れた心の奥で熾烈な戦いに終始しています。クリスチャンの戦いこそ最大で最高の戦いです。真の勇者は静かで隠れた所で戦います。ただ主イエスのみに助けられて戦います。そこから真実な祈りの声が天に届きます。」と言われています。荒野でのイエスの試練(マタイ4:1-11)は究極的な己との内的戦いですが、憎しみ妬み、また利己心やありとあらゆる欲望との戦いに私は苦戦な日々にあります。「わたしに従って来なさい。わたしについて来なさい」という主の声(言葉)を聴きながら、短気な性格(感情)を自制できず突っ走ってしまうのです。獄中の信仰に正直、限界を思う事がありますが、偽悪に気をつけます。千田先生は牧師として、キリストを信じる信仰者として己の内に潜むサタンとの内的戦いを如何にして戦い、祈り、そしてその戦いを克服されて来られたのでしょうか。
港キリスト教会には織田昭先生のご子息(四男)である織田和夫牧師がおられるのですねェ。私の弔意に、その織田和夫牧師から港教会の長老として、服部先生を通してご挨拶をいただきビックリしました。
然うそう、ビックリといえば、「羽田早苗さんという方からチョコレートの差し入れが届いている」と会計課の職員(領置係)からの告知に、私はマジにビックリしました。無論、この人生でバレンタイン・チョコ等のプレゼントは一度も無く、少し戸惑いましたが羽田姉の心が嬉しくて歓喜なビックリでした。ただ、食べ物は即ハイキ処分が原則で、羽田姉に申し訳なく思いました。羽田姉の広くて深い愛は、いつも前触れもなく突然です。そしてその愛のボールは直球の剛速球ですので、身をかわせず、とっさにキャッチしますが(笑)。にしても、姉の行動力に圧倒されます。
コロナ禍の中であっても、神の自然は確実に移り行き季節は春です。そしてコロナウィルスの感染者数は収束に向かっているようではありますが、全国的に一進一退で、まだまだ予断は許されず。千田先生、祥子姉ご夫婦はもとより、教会の人たちや小さな勇者たちにはくれぐれもご油断なくご注意下さい。
みな様の上に、祝福とめぐみがありますように。また一日も早く社会の人たちの生活が元の状態に戻されますように、心より祈っています。
主にありて
吉岡拝
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吉岡利夫様
2021年3月25日
飯島先生召天のことは既にお聞き及びだったのですね。織田昭師が“名著”と呼ぶ飯島先生の「ガラテヤ書の研究」を改めて読み進めているのですが、その註解の緻密さと黙想の深さにパウロの気概が現代に迫ってくる思いで圧倒されます。この文章を奥様が和文タイプで打ち出し、夫婦二人で貴重な文書を世に送り続けたのですね。本当に「巨星墜つ」です。
飯島正久著「ガラテヤ書の研究」序文から引用してみます:
「パウロのキリスト教は単純な福音である。『人が救われるのは、キリストの十字架による』と言う、実にこれだけの単純なキリスト教である。考えてみれば、こんな単純な福音がイエスやパウロの生涯において、あれほどの著しい働きをし、ついにはギリシャ・ローマの世界を席巻してしまったことは不思議である。しかし、この福音には生命があるからこそ単純なのであり、単純であればこそ、あれほどのめざましい働きをなす力があったのである。
パウロのキリスト教にただ一つの目標しかなかった。それは救い!貧の解決ではない。病の癒やしではない。事業の繁栄ではない。国家の隆盛ではない。ただ一つ、人の霊魂が罪の縄目から解放されること!ただこの一つのためだけのキリスト教である。それは狭い。小さい。しかし深刻なキリスト教である。
…私の修行ではない。私の人格、道徳、学問ではない。私の宗教、信心、教義ではない。私の属する教派、教会、社会、国家ではない。ただ一つ、神の業であるキリストの十字架だけが、私の贖いであり、聖であり、義であり、贖いであると言うのである。」
信仰とは何であって、何ではないのか?ということを徹底的に追求し続けたのが飯島先生ではないかと思います。このことを典型的に著しているのが『日本伝道論』であり、その目次を拾うだけでも分かります。曰く「教会堂無用論」「神学校無用論」…「牧師無用論」「教会無用論」「宣教師無用論」…そら恐ろしい題が並んでいます。しかし、冒頭で飯島先生は次のように書いているのです:
「全日本福音化の愛と幻をもって論じなければならないはずの、この『日本伝道論』を、いわゆる無用論というような消極論法を用いて進めていくことは、はなはだ不本意である。
…主イエス・キリストは言われた、「なくてならぬものは多からず、ただ一つのみ」と(ルカ10:42)。しかり!真の必要は一あるのみ!何事に於いてもそうである。
単純は生命である。複雑は死である。簡潔は活動の力を備え、煩雑は衰死を招く。キリスト教においても同じである。この無用論は、いっさいをキリストの単純と聖書の簡潔にひきもどそうとする積極論なのである。」
『日本伝道論』は筆禍問題を引き起こし、先生は長い間、辛酸を嘗めたのですが、30代半ばで書かれたこの本は今でも真摯に問いかけ続けています。あなたにとって信仰とは何か?あなたは今どう生きているか?
私が個人的にお目にかかったのはたった一度ですが、その著作を通して目を開かされ鼓舞され続けています。本当に咀嚼しきれないほど沢山の、素晴らしい霊的遺産を遺して下さいました。吉岡さんが仰る通りまさしく「八ヶ岳の仙人 あっぱれ!!」ですね。
主にありて
千田俊昭