生きる勇気が与えられる日・・・・・



(金)、(土)、(日)、と数えて三日目の朝です。十字架の上で死んだキリストは復活しました。この出来事を祝う日がイースターです。
「彼女たちは、『だれが墓の入口からあの石を転がしてくれるでしょうか』と話し合っていた。ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。(マルコによる福音書16章3〜4節)
女性の弟子たちは、まだキリストの復活を知りません。日曜の朝、墓を訪ねます。彼女たちの心配は墓を塞ぐ石の蓋。重くて、自分たちだけでは動かすことができません。しかし墓に着いてみると、石はわきへ転がしてあった。
「石の蓋」は、私たちの「罪」と「死」を示します。そして石は、既に転ごしてあった。キリストの復活は、私たちの抱える罪と死、人生の重荷を、キリストが克服してくださったことを意味します。
希望と共に、重荷を負って生きる私たちです。しかし独りではありません。私たちの重荷を乗り越えたキリストが、あなたを愛して人生に伴ってくださいます。私たちはこの福音を信じて、自分の現実に立ち向かって行きます。
イースターは、キリストが人間の罪と死に勝った日。私たちに、生きる勇気が与えらる日です。

教会とは
疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。 マタイによる福音書11章28節
教会は、イエス・キリストを信じる者たちの集まりです。目には見えません。触って確かめることもできません。しかし私たちは、そこにイエス・キリストが生きて働いていることを信じています。
目標を見失ったり、ひとりぼっちになる日があります。神さまはどのようなことがあっても、人を見捨てることがありません。
冒頭に掲げたのはキリストの言葉です。この招きはすべての人に対して与えられているものです。
「私も、教会へ行っていいの?」と、思うかもしれません。「だれでもわたしのもとに」来ていいのです。
キリストに出会うとき、これまでにはなかった新しい人生が始まるでしょう。
教会は、心の自由を守ります。くどい勧誘などはいたしません。文字どおり、赤ちゃんからお年寄りまで、どなたも安心しておいでいただけるところです。 |
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牧師 広田叔弘
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