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「牧会ミニ通信」 2005.1.2〜1.30. |
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| 横浜上野町教会牧師 柴田 智悦 |
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132 2005/01/02 |
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○クリスマスから数えて8日目の1月1日は、イエス様がユダヤ教の律法に従って割礼を受け(創17:12、レビ12:3)、イエスという名前をつけられた日にあたります。「イエス」という名前(ヘブル語でヨシュア)は、「主は救い」という意味です。主は他にも「救い主」「聖なる者、神の子」「インマヌエル」「キリスト」「王」「主」として知らされていました。 |
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133 2005/01/09 |
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○パウロは、ヤコブの意見に従って、ユダヤ人クリスチャンたちの誤解を解き、隔ての壁を取り除くために信仰による自由に基づいて行動しました(1コリント9:19)。しかし、ユダヤ人クリスチャンと一致するためのパウロの愛の労が、パウロの受難のきっかけとなったのでした。この時パウロは、ローマ軍の千人隊長の介入によって難を逃れます。パウロはまず、異邦人たちによって、ユダヤ人の手から救われたのでした。 |
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134 2005/01/16 |
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○使徒の働きに、パウロの回心の記事は3回記録されています(9,21、26章)。ここでは、ユダヤ人の律法主義者たちを相手に、律法に熱心であった自分が、どのようにキリストと出会い、なぜ異邦人の伝道者となったかを中心に語っています。 |
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135 2005/01/23 |
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○パウロの最高議会における第一声は「私は今日まで、全くきよい良心をもって、神の前に生活して来ました」でした。24:16でも「神の前にも人の前にも責められることのない良心を保つように、と最善を尽くしています」と言っています。良心に従って生きるとは、主のみ言葉に従って生活の場で、具体的にそれを実践して生きるということです。パウロはそのように、神である主の前に生きてきました。 |
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136 2005/01/30 |
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○パウロが主からの励ましを受けているまさにそのとき、ユダヤ人たちは、パウロを殺す計画を立てていました。しかし、パウロの甥が、その計画を耳にしたのです。「たまたま」そこにいて「偶然」耳にしたかに見える出来事も、神である主の摂理が支配しています。「摂理とは、全能であって・ずっと働いている神の力のことです。」(ハイデルベルク問27) |