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「牧会ミニ通信」 2002.12.01〜 |
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| 横浜上野町教会牧師 柴田 智悦 |
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33 2002/12/01 |
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○朱基徹牧師の最後の説教は、「@死の力に打ち勝つことが出来るように。A長期間の苦しみに打ち勝つことが出来るように。B年老いた母と妻と子供たちをゆだねます。C義に生き、義のために死ぬことが出来るように。D私の魂を主にゆだねます。」という五つの獄中からの祈りでした。朱牧師の祈りからも、またパウロの獄中書簡からも、獄中に囚われている人間特有の救いようのない思いはうかがえません。御霊の働きによって内なる人が強められ、彼らがその祈りの通りに生きていたからに他ならないと思います。 |
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34 2002/12/08 |
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○エペソ書は、前半の1〜3章では教理的なことが、後半の4〜6章では実践的なことが述べられています。前半の教理的なことが、私たちの日常生活とどのように関係しているのか、ということが後半で明らかにされていきます。 |
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35 2002/12/15 |
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○主に召された私たちが、その召しにふさわしく歩むとは、「平和のきずなで結ばれて御霊の一致を熱心に保つ」ということです。父なる神の御心は、罪が入り込む以前に存在していた一致へと、私たちを再び集め、回復することです。 |
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36 2002/12/22 |
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○イザヤは、バビロンに捕囚されたイスラエルの民の回復の約束と、贖われた民の賛美に満ちた礼拝との狭間に、見る影もなく低められた苦難のしもべの姿を描いています。その姿は、多くの人が見て驚くほどのみにくさでした。彼は、人が顔をそむけるほどさげすまれ、人々からのけ者にされました。 |