「牧会ミニ通信」
2011.8.7〜8.28.
横浜上野町教会牧師 柴田 智悦

  442                                                                                               2011/8/7

「はっきり見えるようになった」マルコ8:22-26  マルコ8:22〜26

No.442 ○パリサイ人たちはイエス様をためそうとして天からのしるしを求めましたが、イエス様が地上でなさっているしるしこそが、天からのしるしに他ならないのです(マタイ11:2-6)。イエス様は様々な規定や、律法を形式的に守ることを超えた、神である主のすべての人に対する無条件の愛をこの世に実現しようと、汚れていると見なされた病人や、罪人と呼ばれていた人々や、異邦人と触れ合い、食事をともにすることで「罪の赦し」としての福音を宣言し、それを感謝し悔い改めて受け止める人々と交わっておられました。
  ○わずかなイースト菌がパン全体を膨らますように、罪のパン種は、たとえ最初はわずかなものであっても全体に広がり、その人のたましいと人格のすべてに影響を及ぼすものなのです。律法主義と世俗主義という、いつも私たちを惑わすこの世の不敬虔の影響力に巻き込まれないようイエス様は弟子たちに注意を促されました。しかし、このとき弟子たちの関心は、パンが一つしかないということでした。彼らも二度の給食の奇跡を忘れていたわけではないのです。しかし、過去の経験をただ覚えていることではなく、それによって、今、どのような信仰の態度を持っているかが問題です。
  ○パウロの勧めは(1コリント5:6-8)、そのまま私たちに対する勧めでもあります。私たちの内から律法主義や世俗主義が取り除かれ、唯一のいのちのパンであるイエス様だけに頼る、永遠のいのちにふさわしい歩みが求められています。古いものは過ぎ去り、すべては新しくなりました(2コリント5:17)。そのキリストにある状態を保ち、その恵みに答えて生きる必要があるのです。イエス様が天の父から遠く離された罪人として十字架の上にほふられ、私たちの身代わりとなってくださいました。そのことを信じる私たちは救われたのです。そのイエス様の十字架の贖いによって教会は建てられており、その恵みに答える礼拝の生活へと私たちは導かれています(ヨハネ4:24,ローマ12:1)。私たちの生涯は喜びの祭りで満たされるべきです。純粋な真実なパン、イエス様ご自身によって満たされる生活を歩ませて頂きましょう。

  443                                                                                               2011/8/14

「あなたはキリストです」  マルコ8:27〜33

○「キリスト」(ヘブル語のメシヤ)は「油注がれた者」という意味です。王の即位(1サムエル10:1)、祭司の聖別(出29:7)、預言者の任命(1列王19:16)に際して頭に油が注がれました。そしてダビデの子孫として、ダビデの王国を回復してくれるメシヤが期待されていました(マタイ21:9)。
  ○ピリポ・カイザリヤでイエス様が本当にお聞きになりたかったのは、世の中の噂や、人々の評価ではなく、弟子たちの答えでした。そして「あなたは、キリストです」という答えを喜ばれます(マタイ6:17)。弟子たちが確信を込めて告白したからです。
  ○ダニエル書では王なるメシヤが「人の子」と呼ばれます(ダニエル7:13,14)、イザヤ書53章には「苦難の僕」としてのメシヤが描かれています。その二つのメシヤ像を一つに結び合わせたのがイエス様でした(8:31)。そして「必ず多くの苦しみを受ける」のですが、勝利者として「三日の後によみがえらなければならない」のです。イエス様が打ち建てようとしておられるのは、霊の王国であり、罪の力からの解放です。
  ○イエス様が言われたのは、神のことを思う道です。主に従うことです(1:17)。私たちは主であり師であるイエス様の邪魔をしてはならず、しもべとして後に従わなければなりません。地上的な王としてのメシヤではなく、天の御国の王としてのキリスト、しかも既にこの世において、教会を通して神の国の建設を始めておられるお方、そのお方を私たちも主として、私たちはしもべとなって、従っていきましょう。全く私の罪を赦してくださり、たましいをいやし救ってくださり、永遠のいのちに今生かしてくださっている方に頼り地上のものに頼らず、天に目を向け、足をつけて歩んでいきましょう。

  444                                                                                               2011/8/28

「わたしについて来なさい」  マルコ8:34〜9:1

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