| 「牧会ミニ通信」 | |||
| 横浜上野町教会牧師 柴田 智悦 |
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460 2012/1/1
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○クリスマスは、神である主がご自分の御子を女から律法の下に生まれた者として遣わされた、という出来事です。そしてイエス様が律法の規定に従われたのは、律法の下にある者を贖い出し、私たちが子としての身分を受けるようになるためです(ガラテヤ4:4-5)。律法の下に生まれたイエス様であったからこそ、その十字架の死によって、私たちを律法の支配から贖い出すことができたのです(ガラテヤ3:13)。こうして私たちが神の子とされた、ということが救われた、ということなのです。それは、御子の御霊が与えられ「アバ、父」と呼ぶ祈りによってわかるのです。 |
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461 2012/1/8
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○東方の博士たちは、一説によればメディヤ人でペルシャ帝国の間で祭司職を司る種族だったと伝えられています。バビロンではカルデヤ人として知られていた占星術師や学者をさしました (ダニエル2:2,12)。真理を探究する真面目な賢人、善良な聖人であったと考えられますし、王であったかもしれません(イザヤ60:3,詩72:10-11,黙21:24)。 |
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462 2012/1/15
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○ヘロデがベツレヘムとその近辺の二歳以下の男の子をひとり残らず殺させたように、自分の地位と権力を守るためには手段を選ばないのがこの世の権力者です。私たちも、イエス様を自分という王国の王に対する権力者として受け止めますと、自分が王であり続けるためにはその対抗者としてのイエス様を殺さなくてはなりません。しかしイエス様が主なるお方であるのは、救い主、としての主なのです。 |
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463 2012/1/22
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○いちじくの木から取って食べ、ぶどうの木から取って飲むのは平和と安全と繁栄のしるしでした(1列4:25,ミカ4:4,ゼカリヤ3:7)。しかし、イスラエルの民は、主のみこころに従わなかったゆえに実を結ばないいちじくの木にもたとえられました(エレミヤ8:13,ミカ7:1,ホセア9:10,16)。神の国の実現は、見せかけの葉によるのではなく実質的な実を結ぶことによって完成されるのです。 |
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464 2012/1/29
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○バビロン捕囚から帰った民が再建すべき新しい神殿で用いられる寸法は、普通のキュビト(約44cm)に一手幅(約7.4cm)を足した長さでした(エゼキエル40:5)。みことばに生きる生活も、この世の生活とかけ離れてはいませんが、決して同じではありません(ヨハネ3:3,1コリント10:31)。 |