「受難週特別夕拝説教」
2007.4.2(月)〜7(土)
横浜上野町教会牧師 柴田 智悦

  1                                                                                               2007/4/2(月)

「わたしの葬りの日のために」  ヨハネ12:1〜11

(序)
 イエス様は、「過越の祭りの六日前にベタニヤに来られ」ました。過越の祭りが受難週の木曜日の夕方から始まったとしますと、イエス様がベタニヤに到着されたのは、その前の週の金曜日の夕方で、もう安息日に入っていました。
  十一章の終わりには、既にこのときユダヤ人たちがイエス様を捕らえようとして、「イエスがどこにいるかを知っている者は届け出なければならないという命令を出して」いました。そうして、果たしてイエス様が祭りのためにエルサレムに来るのかどうか、様子をうかがっていました。

(2)ラザロ
 そのような中、イエス様はエルサレムから歩いて三十分ほどの場所にある、ベタニヤに来られたのです。そこにおいて共であるマリヤとマルタそしてラザロたちと、しばらくの時を過ごすためでした。そこには、イエス様たちだけではなく、「大勢のユダヤ人の群れが」やって来ていました。それは、イエス様によって「死人の中からよみがえったラザロを見るためでも」ありました。「祭司長たちはラザロも殺そうと相談」していました。なぜなら、祭司長たちは復活も死後のいのちも信じないサドカイ派に属していたからです。彼らに取ってイエス様によって死人の中からよみがえらされたラザロは、彼らの勢力や影響力や教えの土台を根本から覆しかねない目障りな存在でした。しかも、ラザロのために「多くのユダヤ人が去って行き、イエスを信じるようになったから」です。祭司長たちは、自分たちの利害のために、真実を隠そうとしていたのです。自分たちの地位や影響力を保つため、最大限の努力をして、真理の証拠を抹殺しようとしていました。あの、金持ちとラザロのたとえでアブラハムが言っていた通り、聖書の真理に耳を傾けない限り、「たといだれかが死人の中から生き返っても彼らは聞き入れはしない」のです(ルカ16:31)。

(3)マリヤ
 さて、恐らくラザロたち兄弟の家で、晩餐の用意が進められていました。その時、マリヤが「非常に高価な、純粋なナルドの香油三百グラムを取って」イエス様の足に塗り、髪の毛でイエス様の足をぬぐったのです。
  マタイとマルコは、一人の女が香油をイエス様の頭に注いだ、と記しています(26:6,14:3)。マルコは、彼女がナルドの香油の入った石膏の壷を割って注いだことを記していますから、マリヤは全部の香油を使い果たしたのでしょう。頭に注がれた香油が全身に、足にまで塗られるほど、多量に注がれたということかもしれません。私たちは信じるにも献身するにも「ほどほど」が好きですが、イエス様の死に無駄は全くなかったのですから、私たちの信仰にも献身にも、行き過ぎがあるはずがありません。マリヤは、イエス様に対する感謝と献身を表すのに、どんな高価なものを捧げても足りないと思っていたでしょう。
  それは、イエス様に対する尊敬の念であり、兄弟ラザロをよみがえらせてもらったことに対する感謝の念であり、イエス様を救い主として認めた告白の行為とも考えられます。しかし、ヨハネが特に足に注目したのは、この後、最後の晩餐のとき、イエス様が弟子たちの足を洗われたことを記していることと関係があるのかもしれません。そのときイエス様は「主であり師であるこのわたしがあなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたも互いに足を洗い合うべきです」(13:14)とおっしゃっています。それは、お互いに愛し合うこと、愛によって仕え合うことの勧めですが、そのことによって信仰の共同体としての結束を固めるよう、イエス様は勧めておられるのです。
  そうしますと、マリヤがナルドの香油をイエス様の足に塗り、彼女の髪の毛でその足をぬぐったことは、まさに「互いに足を洗い合う」ことの先駆けであり、イエス様と一緒にいることを求めた行為であるとも考えられます。人々はイエス様の居所を捜していました。それを知ろうともしない無関心さもありました。マリヤの行為につぶやいたイスカリオテ・ユダに対してイエス様は「あなたがたは、貧しい人々とはいつも一緒にいるが、わたしとはいつも一緒にいるわけではない」と言われています。彼もイエス様と一緒にいることを求めるどころか、離れて行こうとしていました。そのような人々の中で、マリヤだけはイエス様と一緒にいることを求めました。そして、その行為をイエス様は「私の葬りの日のために、それを取っておこうとしていたのです」と認めて下さいました。
  この香油は取っておかれたものですが、それが今イエス様に注がれたことは、まさに時宜にかなったことだったのです。私たちが何かを取っておく時は、それを適当な時と場合に取り出して用いるためです。イエス様は、マリヤが今それをしたことを、彼女が最後の時にご自分に対して彼女自身の務めを果たしたものとして認めておられます。何よりこの油を体に塗ることは、当時はむしろ霊的な象徴として、よみがえりの希望を目の前に彷彿とさせるものでした。マリヤはおそらく兄弟ラザロの葬りの時にもこの香油を用いたでしょう。イエス様ご自身の埋葬の時が近づいていたのです。イエス様はやがて埋葬される人として体に油を塗られています。弟子たちはまだそのことを知りません。もちろん、マリヤもご聖霊の導きに促されてそれまで思いもしなかった行為に及んだのです。そしてイエス様は、マリヤの行為を、ご自分のよみがえりの希望へと差し向けられました。マリヤがイエス様の受難と死を知って葬りの備えをしたわけではなかったとしても、主ご自身がマリヤの行為を、主の御心と深く関わるものとされたのです。マリヤのイエス様に対する真実な思いとそれを具体的に表した献身の姿を主は用いてくださり、主のみわざを行なう特別な奉仕者としてくださいました。私たちの救いのために、「葬りの日」を備えてくださった父なる神と、その一人子であるイエス様ご自身が、そのようにマリヤの行為を評価してくださいました。マリヤはイエス様とイエス様の葬りの日に「一緒にいる」ことになったのです。
    私たちは、どこまでイエス様と一緒にいようとしているでしょうか。十字架に至り、葬られ、そして復活されたイエス様といまも一緒にいるでしょうか。マリヤの注いだ香油のかおりで家はいっぱいになりました。イエス様の復活によって始まった教会はマリヤの愛のわざの香しい思いでに満ちています。マリヤの行為を私たちのものとし、イエス様の葬りの日のために備えをなし、イエス様とともによみがえりの祝福にあずかりたいと願わされます。

「天のお父様、御名を崇めます。私たちもマリヤのように私たち自身をすべて主にお捧げすることができますように。「主よ、主よ」と呼び「牢であろうと死であろうと覚悟はできております」と、言うだけでなく、牢までも死までもイエス様と一緒にいようとする具体的な信仰を表す者としてください。死に至るまでも忠実な者としてください。十字架の死にまでも従われたイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」
  

  2                                                                                               2007/4/3(火)

「人の子が栄光を受ける時が来た」  ヨハネ12:20〜36

 (序)  ヨハネは、イエス様が二年前の過越の祭りのとき、エルサレム神殿における宮清めにおいて福音の宣教を始められたことを記しています(2:13-22)。それから二年後の過越の祭りの直前、イエス様は最後のエルサレム入りをされました。

(1)栄光を受ける時
 その時、礼拝のために上って来たギリシヤ人が、イエス様に面会を求めました。彼らはユダヤ教への改宗者であって、過越の祭りのためにエルサレムに来ていたのでしょう。そして彼らの願いは、ピリポとアンデレを通して、イエス様に伝えられました。それは12:19でパリサイ人たちが互いに言い合っている言葉を思い出させます。「見なさい。世はあげてあの人のあとについて行ってしまった」。その通り、この世はイエス様に従っているのです。彼らの到来は、将来における異邦人伝道、全世界が神である主の約束の下に加えられることを、私たちに予見させます。
  しかし、彼らがイエス様にお会いできたかどうかは分かりません。イエス様は、そのことに対して直接には答えておられません。異邦人への救いは、ただイエス様の十字架を通してのみもたらされるからです。イエス様は「ただ国民のためだけでなく、散らされている神の子たちを一つに集めるためにも死のうとしておられ」たのです (11:52)。
  「わたしの時はまだ来ていません」(2:4,7:8)と言われ続けて来たイエス様でしたが、今や「人の子が栄光を受けるその時が来ました」と、自ら宣言されました。イエス様の贖いの死によって「ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、信じるすべての人に」(ローマ1:16)天の門は開かれ、異邦の地に散らされている主に選ばれた神の子たちが新しいイスラエルである、キリストの御体なる教会に導き入れられ、永遠のいのちを与えられるのです。
  「その時」とは、イエス様の死の時に他なりません。しかし、イエス様が十字架に架けられることは、「人の子」が「上げられる」ことでもあります。さらに十字架の主は天に昇られる人の子です。つまり、イエス様の死はイエス様の栄光そのものです(13:31)。この世界が創造される以前、父とともにイエス様が持っておられた栄光を、イエス様は再び得られるのです(17:5)。
  そして、イエス様が栄光を受けられることは、父が栄光を受けられることでもあります。来るべき苦難を通して、天の父こそ罪人を愛する神であると人々が知るようになるのです。そして、「父よ。御名の栄光を現してください」というイエス様の祈りに答えて、イエス様がラザロを死人の中からよみがえらせることによって、御父はその愛を栄光のうちに既に現しておられます。さらに、御父がイエス様を死人の中からよみがえらせる時、いよいよ明確に神は愛であることが示されます。それは「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」(3:16)という約束が真実であることの確かな証拠です。

(2)一粒の麦の死
 こうしてイエス様の死は多くの実を結び、地上での御業を完成されるのです(17:4)。「一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます」。自然界における、新しいいのちが死を通してもたらされる、という法則は、霊の世界においても適用されます。一粒の麦が豊かな実を結ぶためには、地に落ちて死ななければなりません。そのように、全世界の人々に与えられる永遠のいのちは、イエス様という一人の人の贖いの死を通して現れます。イエス様は十字架と復活の時に至までただお一人でした。全世界に福音がもたらされるのは、イエス様が天に昇られた後送られたご聖霊の力を待たなければならなかったからです。
 そして、この一粒の麦の法則は、私たち一人一人にも適用されます。「自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世でそのいのちを憎む者はそれを保って永遠のいのちに至るのです」。自分のいのちとは、生まれながらの罪のままの人間ということです。それを愛するとは、まさに罪の生活を続けるということです。しかし、それを憎むとは、この世に倣って生きる自己中心の生活を放棄することです。何を一番大切にするか、主に従うか、それとも自分の利益を大切にするのか、という決断が迫られています。この世にあって自分のいのちを愛することは、「光よりも闇を愛」すること(3:19)であり、「神からの栄誉よりも、人の栄誉を愛」することです(12:43)。それは、イエス様を愛して喜んで生きることとは正反対の生き方です。私たちの自我はいつも利己的です。その自我を十字架につけることです。自分の利益や、自分に都合の良い生き方を追求するのではなく、「永遠のいのちに至る」生き方、つまり主から与えられる新しい生き方を求めることが勧められているのです。

(3)主に仕える
 私たちはそれを自分の力ではできませんから、「わたしに仕えるというのなら、その人はわたしについて来なさい。わたしがいる所に、わたしに仕える者もいるべきです。」と言われています。そして、「もしわたしに仕えるなら、父はその人に報いてくださいます」と保証までされているのです。
  それは、イエス様を見つめることによってイエス様の僕になることです。イエス様の生き方に倣う者になることです。自分のことばかりではなく、私たちのためにいのちを犠牲にしてまでも愛してくださった、イエス様のために生き、そして死ぬことこそ、私たちの新しいいのちに生きることです。
  それは、イエス様がおられる所に私たちもいることです。ベタニヤのマリヤがイエス様と一緒にいることを求め、ナルドの香油をイエス様の足に塗り髪で拭うことによって、「あなたがたも互いに足を洗い合うべきです」というイエス様の勧めを先取りして、イエス様と同じ場所に立ったように、私たちもイエス様のおられる所にイエス様と一緒にいること、イエス様と居場所を共有することです。
  ですから、「あなたがたに光がある間に、光の子どもとなるために、光を信じなさい」。イエス様は「世の光」(8:12)としてご自身を現してくださいました。イエス様を通して現された真理を信じる時、光の子どもとされるのです。光が私たちの間にあるのは「しばらくの間」にすぎません。今や私たちにも決断が迫られています。やみの中を歩くこの世の者は、光を憎んで光の方に来ようとせず、イエス様を光として受け入れることを拒みます(3:20)。するとイエス様は「立ち去って、彼らから身を隠」してしまわれます。   私たちは何を信じ、どなたに従い、どのようにお仕えして行くべきでしょうか。

 「天のお父様、御名を崇めます。「しかし、真理を行なう者は、光の方に来る。その行いが神にあってなされたことが明らかにされるためである。」(ヨハネ3:21)。御子イエス様が栄光を受けられるその時は、まさにイエス様が十字架に死なれるときのことでした。
私たちのための贖いの代価として、ご自身のいのちを与えてくださった(マタイ20:28)このイエス様に倣い、イエス様のために生き、そして死ぬ者としてください。常にイエス様と居場所を共有し、永遠のいのちに至る歩みをさせてください。私たちを罪の滅びから贖いだし、永遠のいのちを与えてくださるため、私たちのために十字架に架けられたイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」

  3                                                                                               2007/4/4(水)

「ひとりがわたしを裏切ります」  ヨハネ13:21〜32

(1)食卓にて
 最後の晩餐の席でイエス様は「霊の激動を感じ」られました。それは、「心が騒ぐ」(12:27)といった心理的、感情的なものではなく、愛する友ラザロの死が、その姉妹たちを悲しみのどん底に落としていることに「霊の憤りを覚え、心の動揺を感じ」(11:33)られた時と同じように、霊的なものでありました。愛する弟子の一人から裏切られるということは、イエス様にとって全存在をかき乱されるほどの出来事であったのです。
  そして自ら、「あなたがたのうちのひとりが、わたしを裏切ります」と、つまり、弟子たちのうちの一人がご自分を売り渡すであろう、と予告されました。突然の裏切りの予告に弟子たちは「当惑して、互いに顔を見合わせ」ました。自分たちの師を裏切ろうとしているものが誰であるかが全く分からなかったからです。マタイとマルコは、それを聞いた弟子たちが「非常に悲しんだ」(マタイ26:22、マルコ14:19)ことを伝えています。それは、この時まで、弟子たちの誰一人としてユダを疑っていたものはいなかったからです。「サタンさえ光の御使いに変装するのです」(2コリント11:14)と警告されているように、ユダは聖徒のように装いながら、イエス様以外のすべての人たちを欺いていた、全くの偽善者でした。しかし、私たちがどれだけ巧みに、外面的な行為によって人を欺くことができたとしても、イエス様の目から隠し通せるものは一つとしてありません。
  レオナルド・ダビンチの最後の晩餐の絵は非常に有名ですが、当時ユダヤ人たちは、ダビンチの絵にあるように、イスに座って食事をしていたのではありません。テーブルは低い台で、その周りに長椅子がありました。人々はその長椅子に左肘をついて横になり、食卓にもたれかかって右手で食事をしました。テーブルはコの字型に並べられ、一方の側の中央が上座で主人の席でした。ですから、イエス様が愛しておられ弟子、おそらくヨハネ自身だと考えられていますが、彼がイエス様の「右側で席に着いていた」というのは、イエス様の「御胸のそばでからだを横にしていた」ということですから、ヨハネの頭がちょうどイエス様の胸元のあたりにあったのです。それはまさにイエス様のふところに位置していたわけで、「父のふところにおられるひとり子の神」(1:18)であるイエス様ご自身と父なる神との絆を現しているかのようです。
  そして、主人の左側の席は、最も栄誉ある席であり、最も親しい友人のための席でした。つまり、イエス様を挟んでヨハネの反対側の席ですが、本来であれば、使徒の代表格であるペテロがそこの席につくべきだったでしょう。しかし、ペテロがヨハネに、その裏切り者がだれかお伺いするように言っていることから、ペテロはイエス様からすこし離れた所に座っていたことがわかります。ペテロがもし、イエス様の左隣にいたとすれば、彼は直接イエス様に尋ねることができたはずです。
  そこで考えられるのは、そのもっとも栄誉ある、最もイエス様に取って親しい人のための席に、本来、父が御ふところにいだいておられるべきイエス様を、自分のふところにいだくようなかたちで座っていたのは、驚くべきことに、その裏切り者のユダに違いないのです。ユダがそこにいたからこそ、イエス様はユダだけに話しかけることができました。それは、その後イエス様とユダとの二人だけのやり取りが続いていることからも明らかです。また、イエス様がぶどう酒に浸したパン切れを食卓から立ち上がることなく、ユダに直接与えることができたのも、ユダがイエス様の左隣にいたからに違いありません。
  最後の晩餐が始まる時、ユダが自らその席に着いたとはさすがに考えられません。と、するならば、その晩餐の席の主であるイエス様ご自身が、ご自身を裏切ると分かっているユダを、わざわざそこに座るよう招かれたのです。さらに当時の食卓において、主人が皿からごちそうを取って客に与えることは、特別な友情のしるしでした。そうすると、イエス様が「パン切れを浸し、取って」ユダに与えられたということは、ユダに特別な愛のしるしを見せられたということです。しかも、それを見た弟子たちも、イエス様が「それはわたしがパン切れを浸して与える者です」と言われた言葉との関連性を考えていないように見えます。それは、イエス様がいつもユダに対して特別な愛を示しておられたので、弟子たちにとってそれは特別なこととは思えなかった、ということにならないでしょうか。
  つまり、イエス様は、繰り返し繰り返し、ユダの暗い心に呼びかけておられたのです。しかしユダはその度に、イエス様の呼びかけに応答することなく留まりました。そしてこの時、イエス様はユダに最後の愛の訴えをなさったのです。しかし、ユダはとうとう、イエス様のその愛の訴えに対して悔い改めをもって答えることをしませんでした。私たちが、イエス様の呼びかけに対して、ユダのように無感覚にならず、すぐに応答させて頂けるよう、常にご聖霊の助けを求めたいものです。

(2)サタンの誘惑にさらされて
 イエス様はこのすぐ前で、「聖書に『わたしのパンを食べている者が、わたしに向かってかかとを上げた』と欠いてあることは成就するのです」(13:18)とおっしゃっています。これは、詩篇41:9の「私が信頼し、私のパンを食べた親しい友までが、私にそむいて、かかとを上げた」というみ言葉が成就するということです。かつて五千人の人々にパンを与えて養われたように、イエス様はユダに対してもいのちのパン(6:35)を与えられました。「だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます」(6:51)とイエス様はご自身のことを言われていました。ユダは果たして、イエス様から与えられたパンを食べたのでしょうか。「彼がパン切れを受け取ると」サタンが彼に入り、「ユダはパン切れを受け取ると」すぐ外に出て行ったと書かれてあるのはどういう意味でしょうか。
  もちろん、その瞬間からサタンがユダに入ったのではありません。夕食の時、「悪魔はすでにシモンの子イスカリオテ・ユダの心に、イエスを売ろうとする思いを入れて」いました(13:2)。それどころか、ユダが弟子にされて間もない頃、五千人の給食のとき、すでにユダはイエス様を「売ろうとして」いました(6:71)。イエス様もご自分の選んだ十二人のうちの「ひとりは悪魔です」(6:70)と言っておられます。すでにこの時からユダの裏切り行為は始まっていました。ですから十字架を前にしたベタニヤでマリヤがイエス様にナルドの香油を注いだ時も、ユダがその行為を非難していますが、それは、ユダが金入れを預かっていながらその中の金をいつも盗んでいたからであり、ユダがすでに悪魔の支配に身を委ねつつあったからです (12:1-)。ですから、すでに信仰をもっている者について、彼らが信じた、と言われる時、彼らの信仰がさらに堅くされたということを意味するように、サタンがユダに入ったというのも、すでにサタンの支配に入れられていたユダが全くサタンに身を委ねてしまったということです。私たちが一歩一歩成長し、恵のうちに育って行くに従って聖霊に満たされたと言われるように、主を裏切る者が神の怒りを自ら招くに従って、主は彼から聖霊や理性の光や良心のすべてを奪いさり、すっかりサタンに委ねてしまわれるのです。
  しかし、ユダ一人を裏切り者ということはできません。当時でもすでにイエス様を信じながら、ユダヤ人社会から追放されることを恐れて告白しない者がいました(12:42)。「彼らは、神からの栄誉よりも、人の栄誉を愛したから」です(12:43)。他の弟子たちも、イエス様が捕らえられた時、主を見捨てて逃げてしまったのです。逆に、ユダヤ社会で有力者でありながらイエス様の弟子であることを勇気を持って告白した、ニコデモやアリマタヤのヨセフのような人々もいたということは、非常に対照的だと思います。
  そもそも人間の中に、悪魔の力に対抗できる人は一人もいないのです。隙のない人間はどこにもいません。だからこそ、私たちにとっては、自らの力に頼るのではなく、サタンに勝利されたイエス様に頼ることこそが最も確実なのです。ユダはサタンの全面的な支配に入れられようとするとき、それは、イエス様からパンを与えられたときですが、そのイエス様のいのちのパンを受け取りつつもそれを食べなかったのではないかと思われます。ユダは、まさにそこに「いのちのパン」が来ていることに気がつかず、その代わりにサタンによって完全に征服されてしまったのです。私たちが聖餐式において、具体的にパンを食し、杯を飲みますが、それはそうすることによって、「神は私たちと共におられる」というインマヌエルの主(マタイ1:23)であるイエス様のご臨在を確認することができるからです。私たちが悪魔に対して勝ちうるのは、今も私たちと共に、私たちの中におられる、イエス様を信頼し、イエス様にすがり、イエス様に助けを祈り求めるときだけです。

(3)闇の中にて
 ここにおいてイエス様ももはやユダを引き止めようとはされませんでした。「あなたがしようとしていることを、今すぐしなさい」。悔い改めて主の下に来るよう招かれるのではなく、ユダがこれまであったままにあるように、つまりサタンの支配下のままであるように、宣告が下されました。ユダはパン切れを受け取るとすぐ、サタンの支配に身を委ねるために外に出て行きました。「すでに夜であった」。過越の満月が輝いていたにも関わらず、ユダは暗やみの中に出て行ったのです。私たちがイエス様から離れて自分の道に向かう時、そこはいつも暗やみです。私たちは昼間歩けばつまずくことはありませんが、夜歩けばつまずきます(11:10)。私たちは昼、主のわざを行なうことができますが、夜はだれも働くことができません (9:4)。「あなたがたは、光がある間に歩きなさい。やみの中を歩く者は、自分がどこに行くのか分かりません。あなたがたに光がある間に、光の子どもとなるために、光を信じなさい」(12:35,36)というイエス様の警告を無視する時、そこにはいつも夜が待っています。私たちが自らをイエス様に従わせるなら、私たちは光のうちを歩いています。しかし、私たちがイエス様に背を向けるなら私たちは闇に向かって進んでいます。
  私たちの前にはいつも、光の道と闇の道がおかれています。しかし、私たちが正しい選択ができるよう、主が与えて下さるご聖霊の知恵に信頼したいものです。
  光はやみの中に輝いています。やみはこれに打ち勝たなかったのです。この光こそ、すでに闇に勝利されたイエス様にある永遠のいのちです。ユダがやみの中に出て行くことによって、イエス様の苦難が実際に始まりました。しかし、神が人の子を通して、私たち罪人のためにご自身を捧げてくださった犠牲のゆえに栄光を受けられるように、人の子も同様に栄光を受けるのです。イエス様は死の滅びの中にとどめておかれることはなく、すぐに、死者の中からよみがえらなければならないのです。父の栄光と子の栄光を分けることができないように、十字架の栄光と復活の栄光も分けることはできません。ユダがやみの中に出て行った時こそ、イエス様が栄光を受け、父である神が栄光を受けるその時でした。イエス様の苦難こそ、私たちに対して示された、父なる神の最高の愛なのです。

「天のお父様。御名を崇めます。ユダがイエス様を裏切り、サタンに身を委ねた時こそ、あなたの愛が示され、御父と御子とが栄光を受けるその時でした。十字架の死によってイエス様が栄光を受けられる時こそ、イエス様がご自分の使命を果たされたときであり、イエス様を遣わされた父であるあなたが栄光をお受けになるときでした。さらにイエス様の犠牲を、あなたが受け入れてくださり、イエス様を死人の中からよみがえらせてくださることによって、イエス様の栄光はいよいよ現されるのです。この栄光に満ち満ちた十字架と復活というあなたの愛のみわざを、私たちも十分に味わうことができますように。光がある間に、光を信じて光の中を歩き、光の子どもとなることができますように。さらにイエス様の懐にまでお従いする者でありますように。十字架の死を通して栄光を受けられたイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」

  4                                                                                   2007/4/5(洗足木曜日)

「あなたがたも互いに愛し合いなさい」  ヨハネ13:1〜17、31〜35

 (序)
 ルカの福音書には、過越の祭りの席で弟子たちの間に「この中でだれが一番偉いだろうかという論議も起こった」(ルカ22:24)ことが記されています。その時イエス様は「食卓に着く人と給仕する者と、どちらが偉いでしょう。むろん、食卓に着く人でしょう。しかしわたしは、あなたがたのうちにあって給仕する者のようにしています」(ルカ22:27)と言われました。そのことをイエス様は、自ら弟子たちの足を洗う、という行為で具体的に示されたのです。

(1)洗足
 イエス様は、夕食の席から立ち上がり、上着を脱いで、手ぬぐいを腰にまとい、弟子たちの足を洗い始めました「脱ぐ」という言葉は、イエス様が良い羊飼いとして羊のためにいのちを「捨てる」という言葉と同じです(10:11,15,17)。それは、イエス様の十字架による贖いをさす言葉に他なりません。ですから、イエス様が「上着を脱」がれたということは、ご自分のいのちを捨てられることを象徴する行為であり、イザヤが預言した、「自分のいのちを死に明け渡し」(53:12)た主の僕の姿を現しています。また、イエス様は弟子たちの足を洗い終わった後に「上着を着け」ます。これは、捨てられたご自分のいのちを「再び受ける」という意味で使われている言葉です。つまりこれは、復活を意味しているのです。「わたしが自分のいのちを再び得るために自分のいのちを捨てるからこそ、父はわたしを愛してくださいます」(10:17)と、言われていることを、イエス様は具体的な行為として現されたのです。公生涯の初めにおいて、罪のないイエス様がすべての人を罪から救うため、すべての人と同じようになるためにあえて洗礼を受けられたように(マタイ3:14,15)、地上の生涯の終わりにおいてもイエス様は、弟子たちが互いに愛し合い仕え合うことを身を持って示してくださいました。
  イエス様が「手ぬぐいを取って腰にまとわれた」のは、まさに奴隷のような姿をとられたということで、イエス様が徹底的に仕える者となられたという謙遜のお姿を現しています。当時の履物はサンダルでした。家に着くとき足はほこりだらけで汚れておりました。帰って来た主人の足を洗うのは、召使いの仕事でした。そればかりか、妻は夫の足を洗い、子どもたちは両親の足を洗っていたようです。同じように、弟子が教師に仕えることは教育を受けること以上に重要なことでした。そうすると、師であるイエス様が弟子たちの足を洗ったということは、どれほど当時の常識からはずれなことだったかがわかります。ペテロが驚いて、「決して私の足をお洗いにならないでください」と言ったのも、無理もないことでした。しかし、ペテロの態度は本当に謙遜から出たものだったのでしょうか。ペテロは自分こそイエス様の足を洗うべき存在だと思っていたのではないでしょうか。それは、人間の自然な感情から生じた思いでした。ところが、このイエス様のなさっておられることが贖いの死と関係あるとするならば、イエス様の言葉に聞き、それを素直に受ける事こそ謙遜な行為であるはずです。彼はイエス様に足を洗って頂くことを拒むことによって、実は、自分は主の恵みによってきよめられる必要がない人間である、ということを言い表し救いの要を拒んでいるのです。そこにあるのは、自分で自分を救うことができるという傲慢な態度であり、生まれつきのままの人間の肉のほこりです。ペテロはイエス様が自分のためにいのちを捨ててくださるよりも、自分がイエス様のために命を捨てたいと思っていました。後に彼は「あなたのためにはいのちも捨てます」(13:37)と豪語するのですが、その潔いほこりはイエス様が捕らえられたとき、大祭司の中庭で無惨にも打ち砕かれ、彼は三度もイエス様を否定してしまうことになるのです(18:17,25,27)。
  ただ信じて受け取ることほど難しいことはないのかもしれません。人々に喜んで仕え、犠牲を払って捧げている人ほど、他の人からの同じ恵みを素直に受け入れることが中々できなかったりします。私もかつては、兄弟姉妹のために執りなし祈ることはしても、自分のために執りなされることを拒んでいました。私たちは、恵みを受け取るために高慢さを砕かれ、すなおで謙遜な心にされる必要があるのです。イエス様はただ信じて従って来るようにと求めておられます。ただそれだけで良いからこそ、救いは恵みなのです。しかし、その恵みを受け取ろうとしない人が多いのです。信仰とは、謙遜になることであり、イエス様の御心を悟って、自らの思い上がりを悔い改めて告白することに他なりません。
  ところで、イエス様の与える恵みを辞退することは、イエス様との関係を絶つことになると言われたペテロは、今度は「足だけでなく、手も頭も洗ってください」と言い出します。しかし、イエス様に足を洗って頂くことは、全身をきよめていただくことのしるしに他なりません。それはイエス様の十字架の贖いによって、一人一人の罪がすべて赦されることだからです。そのことをペテロに気づかせるためにイエス様は「からだ全体を洗った者は、もうどこも洗う必要がありません。全身きよいのです」と言われました。勿論、洗礼を受けた私たちがその後は、罪を赦して頂く必要がもうない、ということではありません。救われて洗礼を受けた後でも私たちは罪を犯してしまいます。丁度、風呂に入って、宴会に出るために出かけた者が、そこの家で足だけ洗ってもらう必要があるように、全身きよめられた私たちも罪の汚れを、その罪を告白することによってのぞいて頂く必要があります。そうして日々罪を告白してその罪を赦して頂き、すべての悪からきよめて頂き続けることによって、私たちは全身きよくされているという洗礼の恵みの実をご聖霊の働きによって実際に内に結ぶようになるのです(1ヨハネ1:9)。
  しかし、ユダの裏切りを知っていたイエス様は「みながきよいのではない」と言われました。それでもイエス様は、ご自分を売り渡そうとしていたユダの前にも膝をついて、「父よ彼をお赦し下さい」と執りなし祈りつつ彼の足を洗われたのです。まさに弟子たちを最後まで愛し通されたイエス様が、「その愛を残ることなく示された」証しでした。イエス様は、ユダがご自分を裏切るとご存知でありつつなお、しもべとなって仕え、この時までもユダの悔い改めを願って、ユダに救われる機会を提供しておられたのです。ユダは何を考えて足を洗って頂いていたのでしょう。

(2)模範
 イエス様は、再び席に着いて弟子たちに教えられました。「主であり師であるわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです」。イエス様が僕となって仕えられたように、クリスチャンはイエス様の模範に倣う者となることが期待されています。もちろん、足を洗い合うという実際の行為ではなく、謙って他者に仕える者となることをイエス様は求めておられるのです。イエス様は神のことばが人となってこの世に来られ、私たちの間に具体的に住まわれたお方です(1:14)。イエス様ご自身が弟子の足を洗うことによって、自らの教えを具体的に生き方の問題として現されました。イエス様の教えと生き方を具体的に自分自身のものとして現したのは、ベタニヤのマリヤでした。「わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしはあなたがたに模範を示したのです」とイエス様が言われる前に、すでにマリヤはイエス様がなさったとおりにしたのです。そして、イエス様の生き方は十字架へのそれでした。神の愛の極みとしての十字架にご自身のいのちを差し出す苦難と死の歩みでした。マリヤが香油を注ぎきったことも、自らをささげ尽くしたイエス様に倣ったことを現しています。
  私たちが主の御心を知ったならば、「それを行なう時に・・祝福されるのです」(13:17)。ユダは、足を洗って頂きながらもなお、きよくないといわれました。十字架による罪の赦しときよめの恵みは、すべての人に差し出されていますが、それを信じて受け取らなければ、その人のものとはならず、主の祝福にあずかることにはならないのです。

  (3)イエス様の愛
 「キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛が分かったのです。ですから私たちは、兄弟たちのために、命を捨てるべきです」(1ヨハネ3:16)。ヨハネは後にその手紙でこのように記しています。
  イエス様の弟子はイエス様が自らのいのちを捨てるほどまで私を愛してくださったことを模範として、互いに愛に基づいて仕え合うべきです。それは、私の祝福、私が霊的に豊かにされること、などを祈り求めることとは違います。イエス様が求めておられるのは、自分を低くして互いに自らを与え合い、仕え合うことです。そのような生き方が信仰の共同体である教会に求められているのです。
  私たちが互いに愛し合うことこそ、私たちがイエス様の弟子であることをこの世が認めるしるしとなります。愛の共同体となることこそ、イエス様の弟子である教会に求められていることです。愛の共同体となることによって、私たちはイエス様の弟子であることを最も良く証しできるのです。そのようなキリストの体として成長して行くことが、教会に求められていることです。私たちも、愛の共同体として、互いに愛し合い仕え合うことによって、重荷を負い合い、赦し合い、励まし合い、訓戒し合って、キリストの栄光を表す者とされたいと願わされます。

「天のお父様。御名を讃美します。『しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。』(ローマ5:8)裏切り者であったユダの足を洗われたイエス様は、敵であった私たちのためにも十字架で命を捧げてくださり、神との和解を成り立たせて下さいました。イエス様の示してくださったその犠牲的な愛を模範として、私たちも教会において、家庭において互いに愛し合い仕え合う者とされますように。そのことによって、私たちがイエス様の愛によって結び合わされている共同体であることを、この世に証しする者とされますように。そしてこの世の人々が、私たちを見てイエス様の愛を知り、その愛の下に招かれ、いよいよあなたのご栄光が顕わされますように。弟子の足を洗うことによって模範を示してくださったイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」

  5                                                                               2007/4/6(受難の金曜日)

「完了した」  ヨハネ19:28〜42

(1)渇く
 十字架につけられたイエス様は渇きを覚えられました。すでにローマ兵によってむち打たれ、多量の出血をしておられましたから、のどが異常に渇いておられたのです。それは、イエス様が本当に私たちと同じ肉体をとられ、十字架の痛みと苦しみとを経験しておられたということです。そして、詩篇22:15に「私の力は、土器のかけらのように、かわききり、私の舌は、上あごにくっついています」といわれているような状態を訴えておられるのです。それはまさに死の渇きであり、すべての人のための死を味わわれた主の渇きでした。そしてローマ兵が酸いぶどう酒をイエス様の口元にさしだしたことは、詩篇69:21「彼らは私の食物の代わりに、苦みを与え、私が渇いたときには、酢を飲ませました」というみことばの成就であると言えます。
  しかしイエス様は肉体の苦痛とともに、その魂にも苦しみを覚えておられました。「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(マタイ27:46)とはまさにイエス様の魂の叫びでした。なぜなら義なる神は「たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方」(マタイ10:28)だからであり、私たちの滅びに至る苦痛とは、心と体の両方に影響を及ぼすものであるからです。それは、罪が善悪の木の実を食べるという食欲を満足させるところから始まっていることからも明らかです。欲望が罪の入り口であり、主はその肉体の欲望においても苦しみを受けられたのです。そして、私たちは罪の結果である魂の渇きを覚えます。それは、ラザロによって自分の舌を水で冷やしてもらいたいとハデスの苦しみの中から願う金持ちが経験した渇きです。しかし、イエス様は、私たちの身代わりとなって、その渇きをも体験してくださいました。決して渇くことのない生ける水を与えることのできるお方が(ヨハネ4:14)、「私のたましいは、神を、生ける神を求めて渇いています。いつ、私は行って、神の御前に出ましょうか」(詩篇42:2)と神である主を求めざるを得ない私たちの魂の渇きを覚えてくださったのです。
  しかも、この時「彼らは、酸いぶどう酒を含んだ海綿をヒソプの枝につけて、それをイエスの口もとに差し出した」のです。ヒソプは、イスラエルの民がエジプトの奴隷から解放されたあの最初の過越の夜の出来事を思い起こさせます。ニサンの月の十四日の夕暮れ、彼らは過越の子羊をほふり、その血をとり、家の二本の門柱とかもいにそれをつけたのです(出12:7)。それは、その夜エジプトの地を巡って、エジプトの地のすべての初子を打ち、エジプトのすべての神々にさばきをくだそうと出て来られる主が、その血の塗られている家を通り越すためでした(出12:12-13)。そのために主はこのように命じられたのです。「ヒソプの一束を取って、鉢の中の血に浸し、その鉢の中の血をかもいと二本の門柱につけなさい」(出12:22)。それを記念として、代々守るべき永遠のおきてとして祝っているのが、今まさにイエス様を十字架に追いやったユダヤ人たちが祝おうとしいている過越の祭りでした。神の民を救ったのは、過越の子羊の血でした。そしてバプテスマのヨハネがイエス様を指して「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」(1:29)と証言した通り、世を罪から救ったのは、過越の小羊として十字架上でほふられた、神の小羊イエス様の血でした。

(2)血と水
 ローマ人にとって十字架刑は、その囚人が死ぬまで、たとい何日かかろうと、十字架に架け続けておくべきものでした。しかし、ユダヤ人にとっては違いました。「もし、人が死刑に当たる罪を犯して殺され、あなたがこれを木につるすときには、その死体を次の日まで木に残しておいてはならない。その日のうちに必ず埋葬しなければならない。木につるされた者は、神にのろわれた者だからである」(申命記21:22-23)。しかもこの日は安息日の前の日であり、とりわけ過越の安息日という大いなる日の前であったので、その日のうちに囚人たちを埋葬する必要がありました。十字架の囚人の死期を早める場合、すねを折る処置がとられました。それによって呼吸のために体が上下できなくなって短時間で窒息死するからです。しかし、イエス様はすでに息絶えておられたのですねを折られることがありませんでした。ここでも、過越の小羊の「骨を折ってはならない」(出12:46,民9:12)という聖書のみ言葉が成就したのです。その民を死から救う真の過越の小羊であるイエス様の骨は折られてはならなかったからです。
  さらに、兵士のうちのひとりがイエス様の脇腹を槍で突き刺した時、「ただちに血と水が出て来た」のです。彼はおそらく、イエス様の死んだことを確かめるためにそうしたのでしょう。しかしそれもまたゼカリヤ書12:10の「彼らは、自分たちが突刺した者、わたしを仰ぎ見」るという預言の成就でした。しかも、これは実際に起こったことの目撃者による報告であり、ヨハネ自身もそれが真実であることを保証しています。
  イエス様は出血多量による心機能不全を起こし、心臓の周りと肺に液体がたまっていました。そして、兵士の突き刺した槍が、肺から心臓に達したため、その槍を引き抜く時たまっていた水と大量の血が出て来たのです。それは、「血を注ぎ出すことがなければ、罪の赦しはないのです」(ヘブル9:22)ありますように、罪を贖う血が流されたことによって救いが達成されたのです。また、「わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます」(4:14)と約束されていたように、それは、イエス様が栄光を受けられた後、信じる人々に与えられる永遠のいのちを与える御霊のことです。イエス様の十字架の死において、「恵と哀願の霊」(ゼカリヤ12:10)が豊かに注がれたのでした。

(3)完了
 イエス様が酸いぶどう酒を受けられた直後「完了した」と言われました。マタイとマルコはイエス様が「大声で叫んで、息を引き取られた」(マタイ27:50,マルコ15:37)と伝えています。それは、「すべてのことが完了したのを知」られたイエス様が「完了した」と大声で叫んで息を引き取られたのです。聖書全体が今や完全に成就したのです。イエス様の叫びは、敗北者の死の断末魔の叫びではなく、サタンに対する勝利者の叫び声でした。聖書の預言をすべて成就し、贖いのわざを成し遂げ、ご自分がこの世に来られた目的を完成され、神に受け入れられる完全ないけにえがささげ尽くされたことを満足して、ご自分を遣わされた方に霊をお渡しになりました。「頭をたれて」とは、枕によりかかるという意味で用いられる言葉です。イエス様は勝利のうちに戦いを終え、十字架の上にありながら凱旋の喜びを味わい、満足と平安のうちに身を横たえる者の安息を味わっておられたのです。「完了した」という言葉には「終わり」という意味と「目的の成就」という意味があります。確かに死は人間の生涯の終わりであり、この世の可能性の終わりです。しかし、イエス様の死は、神である主から見れば目的の成就でした。ここで、あらゆる人間的な可能性は終わり、ただ主の栄光だけがすべてを支配する主の可能性が始まるのです。
  イエス様のみ言葉を聞き、イエス様を遣わされた父を信じる者は「永遠のいのちを持ち」「死からいのちに移っています」(5:24)。私たちは「罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者」(ローマ6:11)とされているのです。私たちの時は「命から死へ」と流れ、その死をもってこの世の生涯は終わりますが、そこから永遠のいのちへ移って行く新たな始まりでもあるのです。この世の希望が尽きた所に主のご支配があります。人間に絶望したときこそ、主に希望を持つことができるのです。贖いのみわざを成し遂げ、聖書のみ言葉を成就され、すべてを完了されたイエス様の十字架を基点として、私たちも、この世の可能性に終わりを告げ、永遠の御国の可能性に生き始める者とされたいと願わされます。

「天のお父様。御名を崇めます。『だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました』(2コリント5:17)。十字架で流された罪を贖う血と、永遠のいのちを与えるご聖霊によって私たちを新しく創造してください。そして、この世の命に死ぬことから始まる、永遠のいのちに生きる者としてください。私たちに永遠のいのちを与えるため、十字架の贖いを成し遂げてくださったイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」

  6                                                                                   2007/4/7(聖土曜日)

「ピラトに願った」  ヨハネ19:38〜42

(序)信仰告白
 パウロはコリント人への手紙第一15:3〜7でパウロ自身が受けそして、コリント教会へも伝えた信条を述べています。それは、イエス様の弟子たちによる初代教会が信じていた内容であり、福音として伝えられたものです。「キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと、また、ケパに現れ、それから十二弟子に現れたことです。その後、キリストは、五百人以上の兄弟たちに同時に現れました。その中の大多数の者は今なお生き残っていますが、すでに眠った者もいくらかいます。その後、キリストはヤコブに現れ、それから使徒たち全部に現れました」。十字架につけられたイエス様の脇から流れ出た、罪を贖う血と、永遠のいのちを与える水こそ、新しいイスラエルである教会が受けた恵みの賜物でした。イエス様の死と復活を信じた弟子たちは「イエスが神の子キリストであることを・・信じて、イエスの御名によって命を得る」(20:31)という信仰告白へと至るのです。

(1)主の死と葬りと復活
 さて、イエス様の葬られた場所は、処刑場の近くにありました。「イエスが十字架につけられた場所に園があって、そこには、まだだれも葬られたことのない新しい墓があった」。イエス様が十字架に架けられ、また葬られた墓があった園は、イエス様が死者の中から復活して初めて現れた場所でもありました。最初の人アダムが堕落したのはエデンの園でしたが、第二のアダムであるキリストが最初のアダムの犯した罪の結果から人類を贖い救い出されるのも園においてでした。新しい墓の中に葬られた「神の聖者」であるイエス様は、朽ち果てることなく(使徒2:27)、十字架の傷跡だけを残して、栄光の体をもって死者の中から復活されるのです。

(2)イエスの隠れた弟子
 イエス様を葬ったのは使徒たちではなく、二人のユダヤ人指導者でした。一人は、「イエスの弟子ではあったがユダヤ人を恐れてそのことを隠していたアリマタヤのヨセフ」であり、もう一人は「前に、夜イエスの所に来たニコデモ」でした。彼らはその時までにはイエス様の隠れた弟子となっていたようです。
  マタイによればヨセフは「金持ち」(マタイ27:57)で、「岩を掘って造った自分の新しい墓」を持っており、そこにイエス様の遺体を納めたのです。マルコは彼が「有力な議員であり、みずからも神の国を待ち望んでいた人であった」(マルコ15:43)と伝えています。また、ルカも記しているように彼はサンヘドリンの「議員」でした。しかも彼は「りっぱな、正しい人」で、「議員たちの計画や行動には同意しなかった」のです(ルカ23:50,51)。つまり、最高議会がイエス様の弟子のユダに賄賂を渡して、彼の主を裏切るよう勧めるという恥ずべき行為を行なった時も、また、強盗に向かう時のように剣や棒を持った人々を遣わしてイエス様を捕らえた時も、イエス様を裁く法廷において大祭司の部下たちが偽りの証言をなすがままにした時も、ピラトがイエス様を無罪と認めていたにもかかわらず、群衆をけしかけてイエス様を十字架につけるよう要求させた時も、ヨセフは賛同していなかったのです。しかし彼は「ユダヤ人を恐れて」自分がイエス様の弟子であることを隠していました。
  ニコデモはヨハネの福音書三章に紹介されています。彼は「パリサイ人」で「ユダヤ人の指導者」であり、イエス様が「神のもとから来られた」ことを知っており、彼自身神の国の祝福を待ち望んでいました。ある日の夜、彼はイエス様のもとに来ました。ところがイエス様は彼に「答えて言われ」ました。「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません」(3:3)。それに対してニコデモは「人は、老年になっていて、どのようにして生まれることができるのですか。もう一度、母の胎に入って生まれることができましょうか。」(3:4)と尋ねたのです。この時の彼にはまだイエス様の御業によって与えられる新しいいのちのことが理解できていなかったのです。それでも人々がイエス様を捕らえて処刑しようとした時イエス様を弁護して「私たちの律法では、まずその人から直接聞き、その人が何をしているのか知った上でなければ、判決を下さないのではないか」(7:51)と言っています。しかし、ニコデモも、夜、人目を気にしてでなければ、イエス様のもとに来ることができませんでした。その点で「弟子ではあったがユダヤ人を恐れてそのことを隠していたアリマタヤのヨセフ」と似ています。
  彼らの中で、イエス様の弟子であることと、彼ら自身の生き方とが一致していませんでした。彼らはこの時までは献身的な弟子ではありませんでした。それは、「ユダヤ人たちは、イエスをキリストであると告白する者があれば、その者を会堂から追放すると決めていた」から(9:22)であり、「指導者たちの中にもイエスを信じる者がたくさんいた。ただ、パリサイ人たちをはばかって、告白しなかった。会堂から追放されないためであった」(12:42)からです。彼らは、ユダヤ人たちを恐れていたのであり、また「神からの栄誉よりも、人の栄誉を愛した」(12:43)のです。ですから、二人はイエス様を救い主として公に言い表すことができませんでした。しかし、彼らは会堂から出て行くべきだったのです。アブラハムが主から「あなたの生まれ故郷、あなたの父の家から出て、わたしが示す地へ行きなさい」(創世記12:1)と言われて従ったように、モーセが主から「今、行け。・・わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ」(出3:10)と言われて従ったように、信仰とは主に従って「出て」「行く」ことなのです。私たちが人からの栄誉によって生きて来た場所から出て、神からの栄誉に生きることが信仰の始まりです。この世の希望に生きることを終わらせ、神の国の希望に生きることが信仰の始まりです。しかし、彼らはなおこの世に生きることに基盤をおき、人からの栄誉が神からの栄誉へと続いて行くかのように考えていたのです。この世の成功の上に、神の国の祝福があるかのように考えていたのです。彼らはまだ、十字架の上で一旦「すべてのことが完了」し、新たな始まりが起こったことを知らなかったのです。

(3)公然と生きる
 アリマタヤのヨセフとニコデモは、イエス様の弟子でありながらそのことを隠し、十二弟子のようには歩んできませんでした。しかし、その十二弟子が、一人は裏切り十一人は肝心な十字架の時に逃げ去ってしまったとき、イエス様に対する最後の愛の表明としての葬りを執り行ったのはこの二人でした。ヨセフは大胆にも「イエスのからだを取りかたづけたいとピラトに願った」のです。そして、許しを得て自らイエス様の体を十字架から取り降ろしました。するとニコデモが「没薬とアロエを混ぜ合わせたものをおよそ三十キログラムばかり」も「持って、やって来た」のです。彼らはもはやユダヤ人を恐れておらず、人の目をはばかることもありません。彼らは夜に現れず、人の栄誉を求めません。彼らは公にイエス様の弟子であることを証ししています。彼らは今やイエス様の十字架のご生涯と結び付いて、公然と身を現しました。彼らは十字架の言葉を聞き、古い自分に終わりを告げ、新しく生まれたのです。こうしてイエス様があらかじめおっしゃっておられたように、「わたしが地上から引き上げられるなら、わたしはすべての人を自分の所に引き寄せます」(12:32)という預言が十字架の死の直後に成就し始めました。すでに十字架の力が働きつつあり、人々を主のもとに引き寄せたのです。   アリマタヤのヨセフもニコデモも私たち自身です。かつては隠れた弟子であり、夜にならなければイエス様のもとに行けず、イエス様の弟子であることと私の人生とは別々のもののようでした。しかし、十字架におけるすべてのことの完了を知ったとき、私たちは新しく生まれ、新しい始まりを生き始めたのです。人間の希望の尽きた所に、主が立っておられます。人間の可能性に期待することを終わらせ、神の可能性に期待して生きることが信仰の始まりです。死から命に移っている(5:24)現実に目を留めるとき、そこに真の希望が生まれます。その時私たちは隠れている所から公に身を現し、暗やみから光の中に歩み出し、古い自分に死んで新しく生まれた者として公然とイエス様を救い主と告白するのです。そのとき、「ご自身を神へのささげ物、また供え物」とされたイエス様の体が香料に包まれ「香ばしいかおり」を放っていたように(エペソ5:2)、私たちも「神の前にかぐわしいキリストのかおり」(2コリント2:15)とさせて頂けます。

「天のお父様。御名を崇めます。私たちを愛して、私たちのために、ご自身を神へのささげ物、また供え物とし、香ばしい香りをおささげ下さったイエス様の十字架のみわざを感謝いたします。主が墓に葬られ、私たちのこの世に対する希望は終わりました。しかし、そこから神の国に対する希望が始まりました。死から命に移された私たちが、この世から永遠の神の御国に移された者として、なお苦難の多いこの世にありましても、新しいいのちに生き続けることができますように。私たちが、ヨセフやニコデモのように、隠れた所から公の所に出て行き、公然とイエス様こそ主であることを告白し、この世にあっても神の前にかぐわしいキリストのかおりとさせて頂けますように。十字架に死なれ、墓に葬られ、そして死者の中からよみがえられて永遠のいのちを私たちに与えてくださった救い主イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」

HOME