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「受難週特別夕拝説教」 2006.4.10(月)〜15(土) |
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| 横浜上野町教会牧師 柴田 智悦 |
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1 2006/4/10(月)
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十字架の死を数日後に控えて、イエス様はエルサレムの神殿に入られました。神殿は、イスラルの民が、神の民としての自覚を持つ具体的なよりどころでした。苦難に満ちた民族の歴史を貫いて、この神殿はイスラエルの民の統一の象徴であり、国民的願望の中心でした。宗教的、社会的、政治的、文化的生活の一切がこの神殿に集中され、この神殿に基づいて行われました。創造主である神との間に定められた律法の中心である十戒が、二枚の石の板に刻まれて納められた契約の箱が神殿には安置されていました。
(1)強盗の巣
(2)祈りの家
(3)わたしの家
(4)神の神殿
「天のお父様、あなたはすべての民の祈りの家と呼ばれるべき、ご自身の家である神殿をイエス様によって清められました。今、神の神殿とされている私たちを、私たちの内に宿っておられるあなたのご聖霊によって清めてください。神の家を思う熱心さであなたに祈りを捧げさせてくださり、聖霊の宮(1コリント6:19)として、私たち自身を通してあなたのご栄光を現すことができますように導いてください。十字架に死なれることによって、ご自分のいのちという尊い代価を払って私たちを買い取ってくださった、救い主イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」
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2 2006/4/11(火)
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ロバの子に乗ってエルサレムに入場されたイエス様は、郊外にあるベタニヤに居を定めつつ、毎日神殿に行かれていたようです。宮清めが行われ、ユダヤ教当局者たちとの論争が続けられました。宮清めのとき登場したのは、律法学者と祭司長たちだけでしたが、ここではさらに長老たちが加わり、ユダヤ教最高議会を構成する三階級の代表者がそろいました。相手も本気になって、公の論客を送り込んで来たのです。権力者が出そろった所で問題にされたのが、まず「権威」についてです。最高の権力者たちが集まり、相手にしようとしているこのイエスという人物が何者でどのような権威があるのかをまず問いました。
(1)権威
(2)真理
(3)証言
「天のお父様、あなたはイエス様を天よりも高くされた大祭司(ヘブル7:26)となさいました。永遠に存在され、変わることのない祭司の務めを持っておられるイエス様は、動物のいけにえではなく、自分自身をいけにえとして捧げてくださったので、ご自分によって神に近づく人を完全に救うことがおできになります。この天からの権威によって生き、死なれ、復活されたイエス様の十字架の前に立ち続ける者としてください。今も生きていて私たちのために執りなしておられるキリスト、唯一の救い主、イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」
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3 2006/4/12(水)
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(1)価値観
(2)何のために
(3)りっぱなこと
(4)愛の記念碑
「天のお父様。御名を崇めます。ご自分の命さえ惜しまずに私たちにお与えくださったイエス様に、この女性も高価なナルドの香油を惜しまず捧げました。それは、自分自身を惜しまずに全て捧げたことでした。私たちの礼拝が、あなたに私たち自身を惜しまずにお捧げするものでありますように。イエス様ご自身が報いて下さる事を信頼して、純粋なあなたへの愛だけに満たされますように。今日、あなたにお注ぎすべき愛の業をお示しください。私たちの罪のため、十字架に架かり、ご自分のいのちをお捨てになられることによって、私たちに愛を示してくださった、救い主イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」
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4 2006/4/13(洗足木曜日) |
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(1)過越の食事
@まず、子羊の肉がありました。子羊は人々に、主がエジプトを通り過ごされたとき、血のしるしによって彼らの家が守られたことを思い出させるためです。エジプトのイスラエル人が信仰により傷のない子羊の血を入り口の門の柱に塗ったように、私たちも、罪のない神の子羊の血を心の入り口の門に塗りました。私たちの罪を主が過ぎ越されるために。
A次に、種入れぬパンがありました。それは、彼らが奴隷から解放された時、急いで食べたパンを思い出させるためでした。新約聖書ではパン種が罪の象徴として用いられています(マタイ16:6)。ほんのわずかなイースト菌をパン生地に入れると、それが素早く増えて生地全体に広がるように、罪は罪を持つ社会や私たちの人生を汚してしまいます。イスラエル人は過越の祭りの前に家の中のパン種を取り除きます。そして、過越の祭りから7日間パン種の入っていないパンを食べます。パウロも「ですから、私たちは、古いパン種を用いたり、悪意と不正のパン種を用いたりしないで、パン種の入らない、純粋で真実なパンで、祭りをしようではありませんか」(1コリント5:8)と言っています。私たちがイエス様による祝福を楽しむことができるために、罪を取り除くべきことを思い出す必要があります。
Bそして、一鉢の塩水がありました。それは、エジプトで彼らが流した涙と、奇蹟的に渡って危機を脱した紅海の水を思い出させるためでした。
Cまた、苦菜を集めたものがありました。わさび、きくにがな、レタス、にがはっかなど、それらはエジプトでの奴隷の苦みを思い出すためでした。
Dさらに、リンゴ、シナモン、ざくろ、ナッツを混ぜた練り物がありました。それは、エジプトで作らなければならなかったレンガの泥を思い出させるものでした。その中にシナモンのかけらを突き刺します。それはレンガを作った時のわらを思い出させるためでした。
Eそして、四杯のぶどう酒がありました。それは、人々が出エジプトの時の四つの約束を思い出すためでした。「わたしはあなたがたをエジプトの苦役の下から連れ出し、労役から救い出す。伸ばした腕と大いなるさばきとによってあなたがたを贖う。わたしはあなたがたを取ってわたしの民とし、わたしはあなたがたの神となる。」(出6:6-7)。主がイスラエルをエジプトの苦役の下から「聖別」して連れ出し、労役という「禍い」から救い出し、主の伸ばした腕と大いなるさばきとによってイスラエルを「贖い」、そして、主がイスラエルをご自分の民とし、主がイスラエルの神となられることを「讃美」するのです。このように準備された過越の食事は、主がその民をエジプトの奴隷のつとめから自由にされた解放の日を物語っています。そして今、この世をその罪から解放されるために、自ら過越の子羊となろうとしておられるイエス様が、弟子たちと最後の食事の席につこうとしておられます。
(2)過越の部屋
(3)部屋の提供
(4)部屋の準備
「主イエス様、ここにあなたのために備えられた部屋があります。どうぞ、私の客となり、私の心にお入りください。そして、この部屋をあなたにふさわしく、ご聖霊の住まわれる神の神殿にふさわしく清めてください。私たちの罪のため、過越の子羊として血を注ぎ出してくださった、救い主イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」
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5 2006/4/14(受難の金曜日) |
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(1)苦しみ
(2)悲しみ
(3)恐れ
(4)救い
「十字架の苦しみによって私たちのからだとたましいを永遠の呪いから贖いだし、私たちのために、神の恵みと義と永遠のいのちを得てくださったイエス様、あなたがご自分のたましいに言い表すことのできない苦しみを受けてくださったので、私たちをも苦しみから救い出してくださることを信じます。本来、神の御子であられるあなたが経験されるはずのない、御父そのものから切り離されるという罪の結果を経験してくださったことに、感謝を捧げます。しかも、地上のどんな苦しみの時でも、死の床でも、私たちがイエス様の御名によって呼べば答えてくださる天の父が、御子であるイエス様の十字架の上での叫びにだけは答えてくださらなかったのです。イエス様が、私たちが決して味わうことのない苦しみを経験してくださったことに、感謝してもしきれません。その苦しみの上に、私たちの救いがあることを感謝します。自らを罪とされ自らを憎まれた聖なる主、私たちの罪のゆえに御父からのろわれ、見捨てられるというよみの苦しみを味わわれた救い主、イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」
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6 2006/4/15(聖土曜日) |
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(1)イエスの死
(2)イエスの埋葬
(3)復活の前提
「主イエス様、私たちが苦しまなくてすむために、あなたがすべての人のために苦しまれたことを思い起こさせてください。あなたの死を悲しみます。そして、あなたが私自身の死から私を救い出してくださるお方であることを喜びます。あす、私たちが精一杯の香料をもって戻ってくることができますように。そして、神である主が復活のイエス様と私たちとを、どのように再会させてくださるかを待ち望みます。 |