「受難週特別夕拝説教」
2006.4.10(月)〜15(土)
横浜上野町教会牧師 柴田 智悦

  1                                                                                               2006/4/10(月)

「すべての民の祈りの家」  マルコ11:15〜19

十字架の死を数日後に控えて、イエス様はエルサレムの神殿に入られました。神殿は、イスラルの民が、神の民としての自覚を持つ具体的なよりどころでした。苦難に満ちた民族の歴史を貫いて、この神殿はイスラエルの民の統一の象徴であり、国民的願望の中心でした。宗教的、社会的、政治的、文化的生活の一切がこの神殿に集中され、この神殿に基づいて行われました。創造主である神との間に定められた律法の中心である十戒が、二枚の石の板に刻まれて納められた契約の箱が神殿には安置されていました。
 その契約の箱は、モーセの時に与えられ、この箱を先頭にして荒野の旅が続けられました。モーセが召された後、ヨシュアは、この箱を掲げることによってその指導者としての権威を確保しました。ヨルダン川を渡り、エリコを占領し、ギルガルからシロへ移されたあと、ペリシテ人に奪われた事もありましたが、ダビデによってイスラエル王国が確立されたのも、ダビデがこの箱をエルサレムに安置したからでした。そして、ソロモンによって神殿が建立されるに及び、名実共に王国の最盛期を迎えました。このようにして、エルサレムの神殿は、契約の箱が安置されている故に権威があり、人々に崇められていました。神殿を中心にイスラエルの生活が成り立ち、過越と仮庵と五旬節の三大祭りを中心に生活が組み立てられていました。また、神殿には宗教と政治の中心の機関である最高議会(サンヘドリン)も設置されていました。この議会を無視しては支配者であるローマ皇帝といえども、イスラエルの民を動かすことはできませんでした。
 その神殿にイエス様がはいってこられました。ろばの子に乗り、柔和な王として来られたイエス様でしたが、対照的に激しい行動をとられました。しかし、それはまさにマラキ書に預言されているイスラルをきよめるメシヤの姿でした。「『見よ。わたしは、わたしの使者を遣わす。彼はわたしの前に道を整える。あなたがたが尋ね求めている主が、突然、その神殿に来る。あなたがたが望んでいる契約の使者が、見よ、来ている。』と万軍の主は仰せられる。だれが、この方の来られる日に耐えられよう。だれが、この方の現われるとき立っていられよう。まことに、この方は、精練する者の火、布をさらす者の灰汁のようだ。この方は、銀を精練し、これをきよめる者として座に着き、レビの子らをきよめ、彼らを金のように、銀のように純粋にする。」(マラキ3:1-3)。宮をさばくことはイスラエルをさばくことを意味しています。イエス様はその公生涯の初めにも神殿をきよめたことがヨハネの福音書に記されています(ヨハネ2:13-22)。しかし、それから3年たった今でも、神殿は以前と全く同じ状態でした。宮きよめの前に実のないいちじくがイエス様によって呪われましたが、次の朝、いちじくは根まで枯れていました。イスラエルはまさに悔い改めの実を結ばないいちじくの木でしたので、イエス様にさばかれたのです。

(1)強盗の巣
 神殿の中になぜ両替人や鳩を売る人たちがいるのでしょうか。ヨハネは牛や羊を売る人までいたことを記しています(2:14)。彼らが売り買いしていたことをとがめる人は一人としていませんでした。公に認められた商行為だったのです。どれもが神殿で主を礼拝するために必要なものでした。定められた半シェケルを献金するために、外国に移住していたユダヤ人巡礼者たちは両替をする必要がありました。しかし、その手数料は、十分の一から六分の一という法外なものでした。
 犠牲として捧げるべき牛や羊を、家から引いてくるのは容易ではなかったでしょう。しかも律法によれば、犠牲の捧げものとされる動物は、完全で傷がなく汚れないものでなければなりませんでした。動物がその条件を満たしているか検査官に調べてもらうのにも、手数料が必要でした。その検査によって自分のつれて来た動物が拒否されたらどうすれば良いのでしょうか。傷のない検査済みの動物を売る人が必要でした。
 また、牛や羊を犠牲として捧げることのできない貧しい人のために、鳩を売る人も必要でした。これももちろん検査済みであり、宮の外で買う値の15倍ほどしたそうです。
   そして、それらの商売をする店は、大祭司アンナスの家族のものでした。まさにそこは暴利をむさぼる強盗の巣だったのです。

(2)祈りの家
 この神殿は紀元前19年からヘロデ大王によって増改築工事がなされ、このときもまだ続けられていました。そして神殿には四つの庭からなる境内がありました。一番外側に異邦人の庭がありました。ここには誰でも入ることが許されていましたが、異邦人はここまでで、それより先に行けば死を招きました。「異邦人立ち入り禁止」の掲示されてある低い壁を隔てて、婦人の庭がありました。そこには美しの門を通って入ります。イスラエル人でしたら誰でも入ることができました。その奥にニカルノ門から入るイスラエルの庭がありました。この庭で礼拝が行われました。そして、一番奥が祭司の庭でそこには祭司だけが入ることができました。この庭にはいけにえを捧げる大きな祭壇があります。聖所には香を焚く祭壇と七本の枝の燭台と安息日用のパンを置く食卓と青銅でできた洗盤があり、その後ろに垂れ幕で仕切られ、契約の箱を安置した至聖所があります。
 商売が行われていたのは、一番外側の異邦人の庭でした。そこはいつも人で込み合い、過越の祭りのときには世界中から参拝者が集まるので身動きできないほどでした。イエス様はそこで憤りを覚えられたのです。なぜなら、神殿はイザヤが言っているように「すべての民の祈りの家」でなければならなかったからです。宦官や異邦人はこの異邦人の庭までしか入れませんでした。その異邦人の庭が商売の場となり、通り抜けて器具を運ぶ近道にされていたのです。そんなところで誰が祈ることができるでしょうか。イザヤはこうも言っています。「わたしは彼らをわたしの聖なる山に連れて行き、わたしの祈りの家で彼らを楽しませる。彼らの全焼のいけにえやその他のいけにえは、わたしの祭壇の上で受け入れられる。」(イザヤ56:7)。イエス様は弱い立場にある人たちとの礼拝と祈りさえも妨げられることをお許しになりませんでした。イエス様は異邦人を主に近づけ異邦人とユダヤ人とがともに主の前に進み出るために、隔ての壁を打ち壊そうと十字架に架かられたのです。

(3)わたしの家
 しかも、そこは「わたしの家」(イザヤ56:7)です。神である主を礼拝する神殿をイエス様はご自分の家とされます。それは12歳の時に、ここで律法学者たちと議論をして時間を忘れ、探しに来た両親に「自分の父の家にいる」と答えられたときから変わっていません。イエス様にとってそこはまさに「わたしの家」に他ならなかったのです。ヨハネはイエス様が「わたしの父の家を商売の家としてはならない」と言われたことを記しています(ヨハネ2:16)。神殿の改革を「わたしの家」として行えるのはイエス様以外にありません。メシヤは、すべての国民に偶像礼拝を止めさせ真の神を礼拝するようにさせることが使命でした。イエス様は、礼拝を確立するためにこの世に来られたのです。その礼拝はもはや神殿を清めることですまされることではなく、動物の犠牲でもなく、イエス様ご自身の命を犠牲として捧げることによって打ち立てられなければなりませんでした。しかも、建物としての神殿における礼拝ではなく、わたしたち一人一人のうちに、わたしたち自身が神の神殿とされることによって打ち立てられる神殿であり礼拝でした。

(4)神の神殿
 ご聖霊が私たちの内に働かれることによって私たちが神殿とされます。「あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があたながたに宿っておられることを知らないのですか」(1コリント3:16)。礼拝は、ですから祈りです。神である主に対して私たちがとるべき行いは祈りに他なりません。祈りは信頼の上にだけ成り立っているからです。ですから、たとえ主のみ顔が隠されているようであっても、深き淵から主の御名を呼び求めることができるのです。そこにこそイエス様が私たちの傍らに立っておられることを知ることができます。
 イエス様はエレミヤの言葉から「強盗の巣」と言われました(エレミヤ7:11)。それは、弱いものから奪い取る強いものたちの姿でもあり、さらには神である主のものを奪い取る私たちの姿でもあります。私たちも神の神殿とされている自分を清め、私たちの家を清め、私たちの国を清め、全世界を清める使命があります。真の神に真の礼拝を捧げることにすべてが集約されます。神の家を思う熱心がわたしを食い尽くすとき、神の御国が実現するのです。神の神殿を清めるためにこの世に来られ、そのために十字架について死なれ、身を以て真の礼拝を打ち立てられたイエス様を覚えましょう。

 「天のお父様、あなたはすべての民の祈りの家と呼ばれるべき、ご自身の家である神殿をイエス様によって清められました。今、神の神殿とされている私たちを、私たちの内に宿っておられるあなたのご聖霊によって清めてください。神の家を思う熱心さであなたに祈りを捧げさせてくださり、聖霊の宮(1コリント6:19)として、私たち自身を通してあなたのご栄光を現すことができますように導いてください。十字架に死なれることによって、ご自分のいのちという尊い代価を払って私たちを買い取ってくださった、救い主イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」
  

  2                                                                                               2006/4/11(火)

「何の権威によって」  マルコ11:27〜33

 ロバの子に乗ってエルサレムに入場されたイエス様は、郊外にあるベタニヤに居を定めつつ、毎日神殿に行かれていたようです。宮清めが行われ、ユダヤ教当局者たちとの論争が続けられました。宮清めのとき登場したのは、律法学者と祭司長たちだけでしたが、ここではさらに長老たちが加わり、ユダヤ教最高議会を構成する三階級の代表者がそろいました。相手も本気になって、公の論客を送り込んで来たのです。権力者が出そろった所で問題にされたのが、まず「権威」についてです。最高の権力者たちが集まり、相手にしようとしているこのイエスという人物が何者でどのような権威があるのかをまず問いました。
 人間は何かを掴むと同時に、それを失うことを恐れ、かえってより大きな権威や権力を得ようとします。掴んでいるものが大きければ大きいほどその思いは強くなります。地位、名誉、財産、知識、経験、健康、人間関係、・・豊かにもてばもつほど私たちはそれを失うことを恐れます。律法学者、祭司長、長老たちの権威を支えていたのは律法でした。律法により頼んで自らを正当化し、権威づけていました。また、神殿税と収穫物の十分の一の捧げものを基礎とする経済力によって彼らは権威を行使していました。その権威のもとに彼らはユダヤ教の支配体制を秩序付け、人々に大きな権力をふるっていました。それをイエス様は拒否されたのです。それは、彼らがよって立つ土台を否定されたということです。
 振り返って、私たちの信仰生活についてはどうでしょうか。「信仰を持った」と思った時から失うことを恐れ、弱くなることを恐れないでしょうか。もし、信仰生活がこのような恐れを土台として成り立っているとすれば、これほど窮屈なものはありません。はたして、信仰は持ち物なのでしょうか。自分で獲得したものでしょうか。私たちは、何かを持つとそれを抱え込んだまま人を見ます。人の持ち物が気になり、自分の物と比べてみたくなります。人に負けない物が更に欲しくなります。そのように信仰が大きさや強さや量ではかられる時、とたんに不自由な世界となります。
 祭司長、律法学者、長老たちが集まったとき、彼らの権力はあたかも神の権威によるかのような錯覚を持っていました。神の代理人になるならまだしも、神を自分たちの代理者としてしまったところが彼らの問題でした。

  (1)権威
 彼らはイエス様に「何の権威によってこれらのことをしておられるのですか。」と尋ねています。これらのこととは、おそらく、ロバの子に乗って群衆の歓喜に迎えられてエルサレムに入場されたこと、神殿から商売人を追い出したことなど、一連のイエス様の行動についてでしょう。しかし、とりわけイエス様が神殿の中で教えておられることを示しています。イエス様が宮の中を歩いておられたのは、ただ散歩をしていたのではなく、当時の教え方がそうであったように歩きながら民衆を教え、福音を宣べ伝えておられたということです(ルカ20:1)。
 彼らの質問は二つです。「何の権威によってか」、また「だれが、その権威を授けたのか」。イエス様がユダヤ教の教師の権威によって教えているのか、預言者の権威によってか、はたまたメシヤの権威によってか、ということです。そして、その権威をどのラビから、どの預言者から授かったのか、ということです。
 彼らは確かに権威をもっていました。その時代の定められた秩序の中で正当に認められたものでした。そして、最終的にそれは神から与えられたものだと意義付け、自他ともに認めていました。しかし、もし、与えられた権威であれば、お返しすることもあり得るはずです。ところが、人間は一旦手にしたものを決して離そうとはしません。彼らも手にした権威にしがみついていました。彼らは彼らがイエス様に問いかけたその権威が、自分たちにあるということについては、みじんも疑いを持っていないのです。すると、それはもはや神のものではなく、自分のものです。そこでは神の前に立つ恐れは消え、人間同士の秩序だけが意味をなしてきます。そこに信頼関係は生まれるでしょうか。お互いの権威や役割が共に神から与えられたものであることを繰り返し確認し合いながら進んでいく時のみ、信頼関係が回復するはずです。
 日本の教会もかつては国家権力に依存し、天皇制を正当化し、その中で権威を手にしていました。天皇制に裏付けられた権威によって、アジアの教会をも従えようとしました。それに真正面から対立したのが韓国の朱基徹牧師たちでした。朱基徹牧師は、神の権威によって立っていました。自分の説教権はキリストから与えられたものだと語って、それが日本の警察に奪われることを断固拒否しました。

(2)真理
 イエス様は彼らに対して質問し返します。「一言尋ねますからそれに答えなさい。ヨハネのバプテスマは天から来たのですか、人から出たのですか。答えなさい。」  彼らはイエス様をジレンマに陥れようと企んだのでした。もしイエス様が自分自身の権威によって振る舞っていると言えば、彼らはイエス様を誇大妄想狂の患者として、それ以上の破壊行為を予防するために、という理由で捕らえたでしょう。もしイエス様が神の権威によって振る舞っていると言えば、彼らは明らかに、神は決してご自分の家である神殿の庭にさわぎを起こすような権威を授けるはずはない、として、神に対する冒涜の罪で捕らえたでしょう。
 しかし、イエス様の質問は、彼らをそれよりも大きなジレンマに陥れてしまいました。もし、彼らがヨハネのバプテスマは天からであったと言えば、ではどうして彼らはヨハネに反対したのでしょうか。そして、何より、ヨハネがはっきりと指し示していたメシヤとはイエス様に他なりません。それは、イエス様が天から証言されたということであり、それならばそれ以上何の権威も必要とはされません。もし、祭司長、律法学者、長老たちがヨハネの働きを天からのものと認めれば、彼らはイエス様をもメシヤとして受け入れざるを得なくなるのです。一方、ヨハネのバプテスマが人から出たものだと答えるならば、今や殉教者となったヨハネのことを預言者として疑っていない民衆が騒ぎを起こすことは必至です。結局彼らは「わかりません」と答えざるを得ませんでした。それは「わかろうとしない」ことであり「結論を出したくない」ということです。結局、ヨハネのバプテスマを信じず、認めず、「人からのものだ」としているのです。ところがそういえば良いのに、回りにいる民衆の状況に対応して言えませんでした。彼らは自分の安全や利害に関わることになると、判断を下すことができず逃げてしまったのです。
 これは、真理に直面しようとしない人の姿です。真理から顔を背けた彼らは、そのためにこじつけ、曲解しなければならず、最後には彼ら自身が無力となり、何の発言も出来なくなったのです。もし、真理に直面するならば、彼らは過ちを認め、神の前に悔い改め、そのときの立場は悪くなろうとも、将来に希望を残したでしょう。

(3)証言
 イエス様も、そんな彼らに答えませんでした。何を話してもむだだからです。権威について最終的な応えを拒否しました。しかし、最後には、十字架に死なれ、復活されることによって、ご自身の権威が天からのものであったことを証しすることになりました。   私たちも、状況や環境に左右されない、ゆるぎない天の権威によって立つものとされたいと願わされます。十字架だけを権威の証しとして持ち続けたいと思います。

 「天のお父様、あなたはイエス様を天よりも高くされた大祭司(ヘブル7:26)となさいました。永遠に存在され、変わることのない祭司の務めを持っておられるイエス様は、動物のいけにえではなく、自分自身をいけにえとして捧げてくださったので、ご自分によって神に近づく人を完全に救うことがおできになります。この天からの権威によって生き、死なれ、復活されたイエス様の十字架の前に立ち続ける者としてください。今も生きていて私たちのために執りなしておられるキリスト、唯一の救い主、イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」

  3                                                                                               2006/4/12(水)

「主に注がれた油」  マルコ14:1〜9

(1)価値観
 一人の女性がイエス様に注いだナルド油は、純粋で非常に高価なものでした。ヒマラヤ原産のナルドという植物の根からとられた香油は、インドからの輸入品でした。香油というものはユダヤの女性にとっては命ほどに大切な宝物でした。祭りの時に買ったり、母親や祖母から贈られたりしたものを大切に蓄えておきます。それを結婚する時にもっていきます。彼女にとっては値段が高価だとか、外国のものだとかいうことよりも、香油そのものに価値がありました。
 ところが、周りの人たちの非難はどうでしょうか。「この香油なら300デナリ以上に売れて、貧乏な人たちに施しができたのに」。マタイの福音書ではこれを言ったのは弟子たちですし、ヨハネの福音書によればイスカリオテ・ユダということになっています。300デナリといえば、当時の1年分の給料にあたります。それも、ヨハネはこの香油が300グラムあったと記録していますから、1グラム1デナリ、つまり1日の給料で1グラムしか買えないほどの高価なものであったということになります。確かに、それほど高価なものであったのですが、このことに男性たちが憤慨したのは、あくまでその香油の値段が高いからであり、300グラムで300デナリになるからでした。以前、5000人の男性たちを養うのに200デナリのパンが必要だと弟子たちは見積もりましたが、300デナリなら男性だけで7、8千人分のパンになるということになります。そういう計算の上で、もったいない、と言ったのでしょう。
 この数日後にイエス様は十字架につけられます。イエス様に香油を注いだこの女性が、その香油そのものの価値を認めていたとするならば、イエス様の注がれた血そのものにも価値を認めることができたでしょう。その血の価が、全人類の罪の購いに相当するからとか、いくらに相当するからとかではなく、イエス様の血だからこそ価値があったのです。反対にイスカリオテ・ユダは、この後イエス様を銀貨30枚で売り渡します。シェケル銀貨だとすれば、120デナリでしかありません。それだけの価値しかイエス様に認めていなかったことになります。はたして私たちは、イエス様ご自身の価値、イエス様の十字架の価値、イエス様のいのちの価値を本質的に捕らえることができているでしょうか。

(2)何のために
 彼女は何のためにこのようなことをしたのでしょうか。弟子たちはこの女性の行為を「むだ」なことと非難しました。そのとおりです。しかし、だからこそそれは、イエス様に対して特別に示された純粋な愛の行為と言えるのです。それは、無駄に見えるほど完全にイエス様だけに捧げられた行為であって、この世の名誉も利益も何一つ得ることはなく、だれの役にもたちませんでした。そのように高価なナルドの香油を注ぎ出すことは、愛という理由以外になし得ません。祭司長や律法学者たちがイエス様を殺そうと考えていたのには、それなりの理由がありました。律法を守るため、自分たちの権威を保つため、利益を損なわれないため・・・。しかし、彼女の惜しみない行為には、何の理屈も、迷いもありませんでした。それは、ただ愛という理由だけによる以外に説明することは出来ません。弟子たちは、無駄で、役に立たない、貧しい人々を満たすこともない、不必要とも思える行動に腹を立てました。そのような不合理な行為、ただ純粋に愛のためだけに捧げられた行為だからこそ憤慨したのです。
 愛は、一つの対象に向かって、躊躇することなく傾け尽くされます。二心は愛とは言えないからです。そして愛とは、全部を注ぎ出すことです。一部をイエス様に、残りを貧しい人に、というような計算は成り立ちません。イエス様に対する感謝と献身ということを考えるならば、信仰はほどほどに、ということはあり得ないのです。「自分にできることを」全てすることが愛なのです。彼女が石膏のつぼを割ったのは、香油を一滴も残さなかったということです。そして、それは、自我を砕き、自分に死に、すべてをイエス様に明け渡したということを表しています。権力者たちがその権力と利益を増し加えようとするのと対照的に、全てを放棄した彼女は、イエス様を愛すること以外において、全く自分を無にしました。  これはまさに、イエス様に対する礼拝でした。とても贅沢な方法でイエス様だけに向けられ、全てを主に委ね、ただ主を愛すること。イエス様に捧げられるべきは、このような特別で、高価な、麗しい礼拝です。それをイエス様ご自身も受け入れ、報いてくださいます。

(3)りっぱなこと
 イエス様は、この女性の行為を「りっぱなこと」(カロス)と言われました。これは、「良いこと」とも訳されますが、ただ単に良いだけでなく「美しい」という意味があります。  ユダヤ教の祭司たちは、その職に就く時、油を注がれました。主はモーセに、最上の香料を、定められた調合法に従って混ぜ合わせて聖なる注ぎの油を作るように示されました(出エジプト30:22-38)。また、油を注ぐことは、王が即位する時の重要な儀式でした(1サムエル10:1,2サムエル2:4,1列王1:34)。では、私たちの大祭司となられたイエス様には、その生涯において誰が油を注いだのでしょうか。だれがダビデの子である私たちの王に油を注いだのでしょうか。キリスト、メシヤとは、「油注がれたもの」という意味であり、もともと王の称号でした(1サムエル2:10,35,詩篇2:2)。彼女がイエス様の使命を意識した上で香油を注いだかどうかはわかりませんが、愛は真理を見極め、本当の価値を認めるのです。イエス様に油を注ぎ、その行いによってイエス様を「メシヤ」「キリスト」と宣言したものは、この女性以外にはいませんでした。
 更に、油は埋葬の時に用いられました。彼女は香油全部を使い果たし、今、ここで、イエス様のからだを葬りの日のために備えたのです。イエス様は自らの死を何度も公言してこられましたが、弟子たちはそれをはっきりと悟ることはありませんでした。彼女は、今、しなければ、これをする機会は二度と訪れないだろうということに気づいて、その愛の思いを行動に移したのでした。弟子たちは、その時に気づかず、いつでもできる施しのことを考えて彼女を非難しています。いつでもできることと、今しかできないこと、どちらを選ぶべきか、明らかです。愛とは、それを行う機会がただ一回限りしかないということを知っていることです。こうして彼女だけがそれに気づき、彼女の油だけがイエス様の埋葬ためのただ一つの準備となったのでした。
 このように、彼女の行いは立派なこと、良いこと、美しいこと以上の、まことに意味のある行いでした。これは彼女のできることの全てであり、それ以外何をなすことも考えられないほど心砕かれて、主への愛だけのためになされた行為でした。彼女はこのことによって、イエス様に対する信仰を告白していたのです。弟子たちの不信仰と無知こそ、砕かれなければならいものでした。主は私たちに今、何をすることを最も望んでおられるでしょうか。

  (4)愛の記念碑
 そうして、このことのゆえに、彼女は覚えられました。聖書の中で記念すべき事は、イエス様の死だけです。私たちは「このパンを食べ、この杯を飲むたびに、主がこられるまで、主の死を告げ知らせるのです。」(1コリント11:26)と聖餐式ごとに聞いています。記念すべきただ一つのイエス様の死とともに、彼女のした事は、イエス様の埋葬の準備としても記念されるのです。その通りに、彼女の愛と献身の行為は、福音が宣べ伝えられるところどこにでも、愛の記念碑として建てられました。家の中が香油の香りでいっぱいになった(ヨハネ12:3)ように、教会は、彼女の愛の行為の香り高い思い出に満たされています。
 彼女は、自分にできることをしました。そして、マルコは彼女の名前すらも記していません。彼女よりも彼女の「したこと」にこそ意味があるのです。イエス様に対する奉仕において、イエス様の死とともに覚えられるべきりっぱなことをしたにもかかわらず、彼女は名前も記されないほど謙遜にさせられたのでした。
 私たちは今、イエス様にお注ぎできる、どんな高価な宝物をしまい込んであるでしょうか。ただイエス様のために、心から信仰を注ぎ出し、特別に美しく高価で、香り高い礼拝をお捧げしていきたいと願わされています。

 「天のお父様。御名を崇めます。ご自分の命さえ惜しまずに私たちにお与えくださったイエス様に、この女性も高価なナルドの香油を惜しまず捧げました。それは、自分自身を惜しまずに全て捧げたことでした。私たちの礼拝が、あなたに私たち自身を惜しまずにお捧げするものでありますように。イエス様ご自身が報いて下さる事を信頼して、純粋なあなたへの愛だけに満たされますように。今日、あなたにお注ぎすべき愛の業をお示しください。私たちの罪のため、十字架に架かり、ご自分のいのちをお捨てになられることによって、私たちに愛を示してくださった、救い主イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」

  4                                                                                   2006/4/13(洗足木曜日)

「わたしの客間はどこか」  マルコ14:12〜16

(1)過越の食事
 イスラエルの民がエジプトの奴隷生活から脱出することができたのは、神である主がかたくななエジプト王パロをこらしめるため、エジプトにいる全ての人と家畜の初子を死なせたからでした。その夜、初子が生き残ることの出来る方法は一つしかありませんでした。主は、イスラエルの民の家にこの禍いが及ばないようにするため、傷のない雄の子羊の血を家の門の柱とかもいに塗るよう命ぜられました。その上で、「わたしはその血を見て、あなたがたの所を通り越そう」(出エジプト12:13)と主は言われました。その最初の過越の夜、主はエジプトの地のすべての初子を打たれました。しかし、約束通り、信仰によって家の入り口に子羊の血を塗った家を、主は過ぎ越されました。そうしてイスラエルの民は全員、その夜のうちに、罪と死の象徴であるエジプトから逃げられたのでした。この日はイスラエルにとって記念すべき日となり、主への祭りとして、代々守るべき永遠のおきてとして祝われるようになりました。こうして、子羊の血は、禍いが過ぎ越すしるしとなり、出エジプトの恵みのしるしとなりました。  過越の食事にはいくつかの必要な品物がありましたので、弟子たちもそれらのものを整え用意しなければなりませんでした。

  @まず、子羊の肉がありました。子羊は人々に、主がエジプトを通り過ごされたとき、血のしるしによって彼らの家が守られたことを思い出させるためです。エジプトのイスラエル人が信仰により傷のない子羊の血を入り口の門の柱に塗ったように、私たちも、罪のない神の子羊の血を心の入り口の門に塗りました。私たちの罪を主が過ぎ越されるために。

  A次に、種入れぬパンがありました。それは、彼らが奴隷から解放された時、急いで食べたパンを思い出させるためでした。新約聖書ではパン種が罪の象徴として用いられています(マタイ16:6)。ほんのわずかなイースト菌をパン生地に入れると、それが素早く増えて生地全体に広がるように、罪は罪を持つ社会や私たちの人生を汚してしまいます。イスラエル人は過越の祭りの前に家の中のパン種を取り除きます。そして、過越の祭りから7日間パン種の入っていないパンを食べます。パウロも「ですから、私たちは、古いパン種を用いたり、悪意と不正のパン種を用いたりしないで、パン種の入らない、純粋で真実なパンで、祭りをしようではありませんか」(1コリント5:8)と言っています。私たちがイエス様による祝福を楽しむことができるために、罪を取り除くべきことを思い出す必要があります。

  Bそして、一鉢の塩水がありました。それは、エジプトで彼らが流した涙と、奇蹟的に渡って危機を脱した紅海の水を思い出させるためでした。

  Cまた、苦菜を集めたものがありました。わさび、きくにがな、レタス、にがはっかなど、それらはエジプトでの奴隷の苦みを思い出すためでした。

  Dさらに、リンゴ、シナモン、ざくろ、ナッツを混ぜた練り物がありました。それは、エジプトで作らなければならなかったレンガの泥を思い出させるものでした。その中にシナモンのかけらを突き刺します。それはレンガを作った時のわらを思い出させるためでした。

  Eそして、四杯のぶどう酒がありました。それは、人々が出エジプトの時の四つの約束を思い出すためでした。「わたしはあなたがたをエジプトの苦役の下から連れ出し、労役から救い出す。伸ばした腕と大いなるさばきとによってあなたがたを贖う。わたしはあなたがたを取ってわたしの民とし、わたしはあなたがたの神となる。」(出6:6-7)。主がイスラエルをエジプトの苦役の下から「聖別」して連れ出し、労役という「禍い」から救い出し、主の伸ばした腕と大いなるさばきとによってイスラエルを「贖い」、そして、主がイスラエルをご自分の民とし、主がイスラエルの神となられることを「讃美」するのです。このように準備された過越の食事は、主がその民をエジプトの奴隷のつとめから自由にされた解放の日を物語っています。そして今、この世をその罪から解放されるために、自ら過越の子羊となろうとしておられるイエス様が、弟子たちと最後の食事の席につこうとしておられます。

(2)過越の部屋
 さて、ユダの裏切りによって、ユダヤ教の指導者たちがイエス様を捕らえて殺す手はずを整えているさなか、過越を祝う場所が必要となりました。「だれがわたしのために部屋を提供してくれるのか」、イエス様が問われています。しかしこの時、ユダヤ教の指導者たちから命を狙われているイエス様と関わりを持つということは、危険ではなかったでしょうか。家に泊めたりしたら、こちらの命に関わることになるのではないでしょうか。
 そんな中に「私が部屋を提供しましょう。」と自らを危険にさらすことを潔く決意した人がいました。この前の段落に出てきた、イエス様に香油を注いだ女性の名をマルコは記していませんでしたが、この家の主人についてもほとんど何も分かりません。しかし、彼もまた「自分にできることをしたのです」。それもまた、愛の行為でした。愛する人のために、自らを危険にさらすという、犠牲的な愛を示したのでした。
 彼は、危険を充分知っていましたので、おそらくイエス様だけに伝えていたのでしょう。そのため彼は、男に水瓶をもたせて町を歩かせるという合図を考えました。当時、水瓶を運ぶのは女性の仕事でした。ですから、水瓶を運んでいる男は、明確な合図となりました。そして、その男に、誰かがついてくるのに気づいたら、自分の家まで案内するよう伝えておいたのです。そして、それが弟子たちだと分かるよう、その家の主人である自分に向かって「私の客間はどこかと先生が言っておられる」と言うように、あらかじめイエス様に伝えてもらいました。そうして彼は、二階の部屋に席を整えたのです。
 イエス様がエルサレムに入場される時、ロバを弟子たちに連れて来させましたが、それもやはりイエス様があらかじめ整えるように準備しておられたのかもしれません。ですから「主がお入り用なのです」と言っただけで許してもらえました。
 当時、全ての家が二階建てだった訳ではありません。二階の部屋は、静思と瞑想のための場所であったり、客室であったり、また特別な場合には、ラビが弟子たちの中から選りすぐった者たちに教える場所でした。しかし、たとえ二階があっても、13人が過越の祭りの食事をすることができるような広い部屋を備えた家は僅かでした。その部屋を提供した男は、一家の主人であり、家のオーナーであり、決して貧しい人ではありませんでした。
 つまり、彼には失うものがたくさんあったということです。しかし、彼は、ナルドの香油を注いだ女性が、それを全て失ってしまうことを全く惜しまなかったように、何かを失うかもしれないということを全く恐れていません。彼は、「心を尽くしてイエス様を愛します。けれども、自分の家族を危険にさらすことはできません」とは言いませんでした。「思いを尽くしてイエス様を愛します。しかし、自分の命を失ってまで愛すことはできません」とも言いませんでした。「知性を尽くしてイエス様を愛します。ただ、自分は特別な人ではなく信仰の英雄でもありませんから、他のふさわしい人に頼んでください」とも言いませんでした。彼は、「私の家においで下さい」と言ったはずなのです。

(3)部屋の提供
 イエス様は私たちにも尋ねておられます。「きょうだれが私のために部屋を提供してくれるのか」。それには少なからぬリスクを伴います。へびのように抜け目ないこの世は、はとのように素直で羊のように従順なクリスチャンを手玉に取ろうとします。闇のような悪の世は、その暗い行いを照らし出す、真理の光であるキリストを心に宿すクリスチャンを憎みます。世俗的な教会も、平穏さを脅かすような熱心な聖徒たちを迫害しようとします。戦争中、日本の教会の多くの牧師たちは、教会を守る、という名目で神社参拝を積極的にしました。信徒を守り、家族を守るため、天皇制を受け入れ聖書と神の名によって自己正当化し、国家権力に依存しました。最近でも憲法を変えたいという人たちは、「家族を守るために戦うのか、戦わずに家族を見捨てるのか」という質問をすることがあります。「九条を変えずに中途半端なまま過ごすのか、改憲してはっきりさせるのか」「いつまでもアメリカの言いなりになっているのか、軍隊を持って真の独立国家となるのか」。これと似ているのは「この壷を買って幸福になるのか、買わずに不幸になるのか」という霊感商法です。それは、自分の望む方向へ答えを誘導しようとする質問の仕方です。戦うことが本当に家族のためになるのか、戦わないことが家族を見捨てることになるのか、一定の前提条件の中で答えさせようとしてしまうことが問題です。家族を守るために戦わない、という選択肢もあるからです。
 同じように、教会を守るために神社参拝をしない、家族を守るために天皇制を受け入れない、という選択肢もあったはずです。実際に、神社参拝をした日本の教会は、キリスト教会としては残ったかもしれませんが、その信仰はどうなったでしょう。家族は当時の苦難を免れたかもしれませんが、魂の滅びからも免れたでしょうか。反対に韓国の殉教者たちは、地上の命を失いましたが永遠のいのちを持って天に迎え入れられました。50人の殉教者を出した教会は、今や人口の30%近くの魂を救いに導いているのです。
 「だれが、わたしに部屋を提供してくれるのか」。私たちは、朱基徹牧師でもなく、趙寿玉さんでもなく、マザーテレサでもありません。彼らなら出来たことでも私にはできません。しかし、本当にそうでしょうか?「だれでも、わたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしは、彼の所に入って、彼とともに食事をし、彼も私とともに食事をする」(黙示録3:20)と、イエス様はおっしゃっています。「だれの」戸口にもイエス様が立っておられるのです。「だれでも」イエス様の声を聞いたなら戸を開けることができるのです。イエス様のために。それが信仰ではないでしょうか。私たちは「わたしの客間はどこか」と言っておられるイエス様の声を聞いているでしょうか。
 現在、ユダヤ人が過越の祭りを祝うとき、テーブルの上には参加者より一つ多い数の杯や席が準備されるそうです。それは「エリヤの杯」「エリヤの席」と呼ばれています。エリヤは死なずに天に上げられ、主が彼を送ってメシアが来る準備をさせると聖書に言われているからです。ユダヤ人たちは過越の祭りのお客さんとしてエリヤを迎えるために彼のために杯や席を用意するのだそうです。  しかし、メシアを迎えるために来るはずのエリヤは既に現れました。バプテスマのヨハネがその人です。ですから私たちはエリヤを迎えるのではなく、メシアであるイエス様そのお方をお迎えする準備をしましょう。この世の中にあって、イエス様を自分の家に泊めることは確かにリスクを伴います。キリストの霊に燃えていても、それを凍り付かせるほどの力をもって襲ってきます。誠実で犠牲的な愛の人ほど非難され、排斥されることがあります。今朝の新聞でも、教育基本法に「愛国心」が盛り込まれる方向にあることが報道されていました。現実に苦難の道を歩まされているクリスチャンの教師たちも多くいます。 

(4)部屋の準備
 祭司長、律法学者たちは「どうしたらイエスをだまして捕らえ、殺すことができるだろうか、とけんめい」でした。おまけにユダが裏切り「どうしたらうまいぐあいにイエスを引き渡せるかと狙って」いました。しかし、それらもイエス様にとっては、予定通りの道でした。イエス様の準備はずっと前に整っていたのです。祭司長たちもユダも、イエス様の道筋を変えることは出来ませんでした。彼らには、いつ、どこで、ということは分かっていません。しかし、イエス様の方ではその時を予定通り迎えようと準備しておられます。そして、「わたしの客間はどこか」と尋ねられるのです。この質問にどう応えるかによってイエス様が私たちの心に与えてくださった愛を量ることができます。私たちはイエス様にどうお答えすれば良いのでしょうか。イエス様が私たちを愛してくださったように、イエス様への愛に溢れて「主よ。ここに。わたしの心の中においで下さい」と答えさせて頂きましょう。

   「主イエス様、ここにあなたのために備えられた部屋があります。どうぞ、私の客となり、私の心にお入りください。そして、この部屋をあなたにふさわしく、ご聖霊の住まわれる神の神殿にふさわしく清めてください。私たちの罪のため、過越の子羊として血を注ぎ出してくださった、救い主イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」

  5                                                                               2006/4/14(受難の金曜日)

「どうしてお見捨てに」  マルコ15:22〜34

(1)苦しみ
 箴言に「強い酒は滅びようとしている者に与え、ぶどう酒は心の痛んでいる者に与えよ。彼はそれをのんで自分の貧しさを忘れ、自分の苦しみをもう思い出さないだろう」(31:6,7)というみ言葉があります。
 エルサレムには、敬虔な婦人の一団がいました。彼女たちは、処刑のある時にはいつも来て、囚人に薬の入ったぶどう酒を与え、ひどい痛みを和らげてくれました。イエス様にもそのぶどう酒が差し出されましたが、イエス様はそれを拒まれました。感覚を鈍らせ、痛みを和らげようとはされなかったのです。イエス様は死の苦痛をそのまま味わい、意識を持って父の元に行きたいと決心しておられたのです。ゲツセマネの園以来、イエス様は苦しんで来られました。刺を刺され、むち打たれ、あざけりに満ちた言葉を投げかけられ、それら一つ一つの痛みを、はっきりとどこまでも感じ取って来られました。主は苦しんで来られました。その苦しみは、全人類の罪に対する神の怒りを、ご自分の体とたましいに引き受けられる十字架の上まで続きました。それは、ご自分の苦しみによって私たちの体とたましいを永遠の呪いから救い出してくださるために他なりません。ただ私たちに対する愛のゆえに、イエス様は今、苦しんでおられるのです。
 しかし、イエス様は麻酔薬の入った杯は飲まれませんでしたが、ゲツセマネの園で御父に願っても取り除かれることのなかった苦しみの杯を飲んでおられたのです。私たちがイエス様の打ち傷によって癒されるため、ご自分から十字架の上で私たちの罪をその身に負ってくださったのです(1ペテロ2:24)。そしてイエス様は十字架につけられました。私たちの終わりと思われていた死を、永遠に変えるために、十字架が立てられたのです。

(2)悲しみ
 人々はイエス様をののしります。「十字架から降りて来て自分を救ってみろ」。祭司長や律法学者たちもイエス様をあざけります。「他人は救ったが自分は救えない。十字架から降りて来てもらおうか。それを見たら信じるから」。もし、イエス様が無実の罪で処刑されているのなら、人々のあざけりによる傷も我慢できたかもしれません。それは、誤解であると、尊厳を持ち続けることができます。十字架の犠牲も、身代わりとして賞賛されたかもしれません。しかしもし有罪ならば、人々のあざけりは正しく、その傷の痛みは堪え難くなります。
 ところが、「神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです」と言われています(2コリント5:21)。それは、善良な人に私たちの罪を負わせたと言われているのではなく、「私たちの代わりに罪とされた」と言われています。イエス様が「罪とされた」のです。聖いお方が罪そのものとされたのです。それは、イエス様が全ての人間の中で最低の悪人になられたということです。イエス様は神に対する人類の謀反人となられたのです。
 ですから、人々のあざけりに、イエス様は同意せざるを得ません。ご自分ではなく、ご自分を十字架に架けた彼らが正しいのです。イエス様の十字架は当然の報いです。情状酌量の余地もないのです。なぜなら、罪は徹底的にさばかれなければならず、神である主はそれを要求しておられるからです。どんな動機にせよ、罪そのものとされたイエス様は、十字架に架けられなければならなかったのです。つまり、神の御子であり、聖さそのもののお方が、ご自分が罪そのものとされたことを認め、その傷の痛みを味わっておられるのです。悲しみを和らげるものもありません。なぜなら、イエス様はあくまで「神である聖なるお方」だからです。聖なる方は罪を憎まれます。聖なるイエス様は、罪となったご自分を徹底的に憎まなければなりませんでした。それが主の味わわれた悲しみでした。それは、私たちを神の義とするためでした。

(3)恐れ
 12時になった時全地が暗くなりました。闇の中に「光よあれ」と仰せられた創造主である神が、自ら造られた光を取り去ってしまわれました。あたかも、イエス様の十字架によって一切が、創造の初めの何もない状態に葬り去られたかのようです。「その日には―神である主の御告げ―わたしは真昼に太陽を沈ませ、日盛りに地を暗くし、・・その日をひとり子を失った時の喪のようにし、その終わりを苦い日のようにする」(アモス8:9,10)。
 その光が取り去られたとき、ただ一つ、イエス様の言葉だけが残されました。「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ。わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」。しかし、答える人はいません。天も扉を閉ざし、闇はあらゆるものを拒み、沈黙があたりを満たしています。父である神でさえもお答えになりません。なぜなら、父である神にとっても、イエス様は憎むべき罪そのものとなったからです。今や天の御国はイエス様に対して扉を閉ざしました。光が失われたということは、イエス様に対する愛と命も失われ、イエス様は全くむなしい所へ入れられたということです。今や、御父とイエス様との間には、越えがたい大きな淵が存在しています。イエス様は御父を徹底的に愛し従っているにもかかわらず、御父はイエス様に全人類の不従順をご覧になり、徹底的に憎まれます。イエス様は、今、御父からも見捨てられ、完全に切り離され、永遠に届くことのない叫びを上げながら、「よみ」にいるのです。
 イエス様は、すべての点で私たちと同じように試みに会われました(ヘブル4:15)。ただ一つ、罪を除いてです。十字架以前のイエス様は、罪の結果についてだけは決して知ることはありませんでした。罪とは何でしょうか。イザヤは「あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ」(59:2)と言っています。罪は、私たちを神から離し、私たちと神との間に越えることのできない淵を作るのです。アダムは禁じられていた善悪の知識の木から「取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ」(創2:17)と言われていました。しかし、アダムがその実を取って食べたとき、彼は死んだでしょうか。かえってその後何百年も生きました。しかし、アダムはその時、神である主から隔てられて確かに死んだのです。たましいが肉体から離れることが肉体的な死であるのと同じように、たましいが神である主から離れることが霊的な死です。罪のための犠牲は、神である主から離れ、死の罰に従わなければならないことです。
 イエス様には罪がありませんでしたから、それがイエス様が人間として体験されなかったただ一つのことでした。しかし、この十字架の瞬間、イエス様はまさにそれを経験されているのです。それはイエス様が罪を犯したからではなく、ご自身を私たちの罪と一つとされ、罪そのものになられたからです。今やイエス様と御父との間に深い越えることのできない淵が現れたのです。イエス様は、罪人であるとはどういうことかを経験されました。父である神から、隔てられていることがどのようなものであるかを、自ら経験され、それによって再び苦しまれたのです。だからこそ、イエス様は私たちのことをよくご存知なのです。だからこそ、罪が私たちを神である主から切り離した時でも、私たちは恐れることなくイエス様のもとに行くことができるのです。イエス様ご自身がそこを通られたので、私たちがそこを通っている時に私たちを救うことができるのです。

(4)救い
 「キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら『木にかけられる者はすべてのろわれたものである』と書いてあるからです。このことは、アブラハムへの祝福が、キリストイエスによって異邦人に及ぶためであり、その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです」(ガラテヤ3:13,14)。ここにおいて呪いの十字架は栄光の十字架となりました。御子イエス様が十字架に架けられ呪われることによって、本来呪われ、滅びるべき私たちが信仰によって約束の御霊を受け、アブラハムへの祝福を頂いたのです。ですから、私たちはイエス様を信じ、なおイエス様により頼みたいと思います。私たちのためにイエス様を見捨てられた父なる神は、決して私たちをお見捨てにならないからです。イエス様が私たちの代わりに苦しまれたので、私たちは自分の罪のために苦しむことはないからです。ですからかえって、罪を憎んでいきたいと思います。罪が私たちの主をこれほどまで苦しめたのです。
 人々は、イエス様が「他人を救ったが自分は救えない」とあざけりました。「十字架から降りて自分を救ってみろ」とののしりました。しかし、イエス様は、ご自分を救わなかったからこそ、他人を救ったのです。十字架から降りなかったからこそ、全人類の王である救い主なのです。「ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚か」な十字架は、「救いを受ける私たちには、神の力、神の知恵」なのです(1コリント1:18,23,24)。  私たちを救うために来てくださり、永遠の命を与えてくださったイエス様に感謝の祈りを捧げましょう。

 「十字架の苦しみによって私たちのからだとたましいを永遠の呪いから贖いだし、私たちのために、神の恵みと義と永遠のいのちを得てくださったイエス様、あなたがご自分のたましいに言い表すことのできない苦しみを受けてくださったので、私たちをも苦しみから救い出してくださることを信じます。本来、神の御子であられるあなたが経験されるはずのない、御父そのものから切り離されるという罪の結果を経験してくださったことに、感謝を捧げます。しかも、地上のどんな苦しみの時でも、死の床でも、私たちがイエス様の御名によって呼べば答えてくださる天の父が、御子であるイエス様の十字架の上での叫びにだけは答えてくださらなかったのです。イエス様が、私たちが決して味わうことのない苦しみを経験してくださったことに、感謝してもしきれません。その苦しみの上に、私たちの救いがあることを感謝します。自らを罪とされ自らを憎まれた聖なる主、私たちの罪のゆえに御父からのろわれ、見捨てられるというよみの苦しみを味わわれた救い主、イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン」

  6                                                                                   2006/4/15(聖土曜日)

「墓に納められた主」-47  ルカマルコ15:42〜47

(1)イエスの死
 イエス様が十字架で息を引き取られたのは午後三時頃でした。「三時に、イエスは大声で『エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ』と叫ばれた」のです。そしてしばらくしてから「大声を上げて」(37)、おそらく「父よ。わが霊を御手にゆだねます」と言って(ルカ23:46)息を引き取られました。神が「光があれ」と仰せられると光があったように、神の子が「わが霊を御手にゆだねます」とおっしゃったとき、イエス様の霊は父の御元に戻られたのです。
 そして「イエスの正面に立っていた百人隊長は、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、『この方はまことに神の子であった』と言」いました。それは、イエス様が息を引き取られた時の大声が、死に行く囚人の声とはかけ離れた、兵士が闘いに勝った時の勝利の叫びに等しかったからです。それは、イエス様がサタンに勝利された瞬間でした。創世記にある最初の福音(3:15)に記されているように、サタンはイエス様のかかとにかみつき、勝利を得たかに見えましたが、イエス様は十字架で死なれることによってサタンの頭を踏み砕かれたのです。ご自分の死によって人類の罪の結果による死を滅ぼしたのです。そうしてイエス様は、突然、自ら確信して死の壁を乗り越えるかのようにして息を引き取られました。
 イエス様は御父から拒絶され、完全に切り離され、呪われ、十字架に架けられました。父なる神様は全くイエス様から離れておられると同時に、イエス様ご自身のうちにおられて、この世をご自身と和解させようとされました。百人隊長はこのイエス様に神ご自身を見たのです。そして、彼の口から信仰が告白されました。「この方はまことに神の子であった」。
 そして、「すっかり夕方に」なりました。「その日は備えの日、すなわち安息日の前日」つまり、金曜日でした。ユダヤの一日は、日没から始まり日没で終わります。ですから、後、数時間で安息日を迎えようとしています。律法によれば、十字架に架けられた囚人の死体を翌朝まで放置しておくことは許されません。「もし、人が死刑に当たる罪を犯して殺され、あなたがこれを木につるすときは、その死体を次の日まで木に残しておいてはならない。その日のうちに必ず埋葬しなければならない。木につるされた者は、神にのろわれた者だからである。あなたの神、主が相続地としてあなたに与えようとしておられる地を汚してはならない。」(申命記21:22,23)。ましてや安息日まで放置することはユダヤ人にとっては考えられないことでした。ですから、ユダヤ人たちは「死体を十字架の上に残しておかないように、すねを折ってそれを取りのける処置をピラトに願った」のです(ヨハネ19:31)。そして、イエス様と一緒に十字架につけられた他の二人は、まだ死んでいなかったので、すねの骨を折られました。

(2)イエスの埋葬
 そのとき、突然アリマタヤのヨセフという、有力で立派な正しい、しかも金持ちの議員がピラトの前に現れました。彼は密かにイエス様の弟子となり、神の国を待ち望んでいましたので、議員たちの計画や行動には同意しませんでした。そのヨセフが、ユダヤ人としての律法に対する忠実さと、また、有力な議員としての社会的、経済的地位を用いて、イエス様の「からだの下げ渡しを願」いました。彼が「思いきってピラトのところに行」ったのは、死刑囚に関わることによって自分の地位が脅かされる恐れがあったからです。また、彼はユダヤ人を恐れてイエス様の弟子であることを隠していたからです。
 本来であれば、家族や弟子たちがイエス様のからだを葬るべきでした。しかし、ヨセフがその役を買って出たのでした。イエス様の死にあって、彼も変えられつつあったのです。神殿の幕が裂け、神と私たちとを隔てる壁が打ち壊されたとき、神の国を待ち望むヨセフの恐れの壁も打ち壊されました。「わたしが地上から上げられるなら、わたしはすべての人を自分のところに引き寄せます」(ヨハネ12:32)というイエス様の言葉が、百人隊長にもこのアリマタヤのヨセフにも成就したのでした。
 ピラトは百人隊長にイエス様の死を問いただしました。十字架刑は致命傷を与えず、通常数日間にわたって苦しませるものだからです。6時間程度で死ぬことは考えられませんでした。しかし、百人隊長はイエス様の死を公式に確認してピラトに告げました。ローマ人の百人隊長によって、イエス様が確かに死なれたことが証しされたのです。
 そして、ヨセフはイエス様を十字架から取り降ろしました。簡単に降ろせる訳ではありません。ロープで遺体を支え、手足の太い釘を抜き、数人係で十字架から降ろします。そして新しく買った亜麻布でイエス様のからだを包みました。ヨハネによれば、その亜麻布の中にニコデモが持って来た、没薬とアロエを混ぜ合わせたもの30キログラムも巻き込まれました。通常、囚人の死体は埋葬されずに放置されたり、犯罪者用墓地に投げ込まれたりしました。しかしイエス様の遺体は念入りに包まれ、まだだれも葬られたことのない、岩を掘って作った新しいヨセフの墓の中に納められました。イザヤの「彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者とともに葬られた」(53:9)という預言が成就したのです。イエス様は犯罪者たちとともに呪われた死を死なれましたが、死の直後から栄光を受けられ、お金持ちの葬られるべき墓に葬られたのです。
 そして、下り坂になっている墓の入り口には溝が掘られ、その上に石をころがしかけておきました。それは、その石は大きな石であり、マタイの福音書には石に封印をし、番兵が墓の番をしたことも記されています。イエス様はこのように、完全に死なれ、もう取り戻しようがないような仕方で埋葬されました。こうした葬りの一部始終、「イエスの納められる所」をマグダラのマリヤとヨセの母マリヤが「良く見ていた」のでした。それは、安息日が明けてから、もう一度イエス様のからだに油を塗りにいこうと思ったからです。彼女たちもまたイエス様が十字架に死に墓に葬られたことの証人です。

(3)復活の前提
 そして、このイエス様の死と埋葬は、イエス様の復活が事実であったことを裏付ける証拠となりました。この墓から死んだイエス様が出されるとすれば、それは復活という奇蹟しかあり得ません。本当に死なれたイエス様がよみがえられたからこそ喜びがあるのです。イエス様の死を経験した弟子たちが、復活のイエス様にお会いしたとき、イエス様のようによみがえりの体が与えられる望みが与えられ、地の果てにまでイエス様の証人となるように変えられたのです。しかし、その喜びは、イエス様の死を弟子たちが本当に悲しむことによって与えられました。その変化は、イエス様がおられない三日間の苦しみを弟子たちが忍び、最後の安息日が、永遠に続く世界の終わりかと思われるほどの悲しみに満ちていたからこそ与えられました。心から悲嘆にくれる体験があってこそ、この喜びがあるのです。
 弟子たちはまずイエス様の死を経験したのです。それから復活のイエス様に会いました。しかし、私たちはイエス様の復活を前提に十字架の死を見ていますので、弟子たちほど悲しむことがなく、弟子たちほど喜ぶことがなく、弟子たちほど現実感もないのかもしれません。彼らの恐れ、悲しみが、復活の喜びへのどれほど大きな準備となったでしょうか。この日、私たちは、イエス様の死と埋葬とをどれほど悲しんでいるでしょうか。私たちが、復活のイエス様と出会う喜びによって、地の果てにまで福音を携えていく、イエス様の復活の証人へと変えられるよう、祈りましょう。

 「主イエス様、私たちが苦しまなくてすむために、あなたがすべての人のために苦しまれたことを思い起こさせてください。あなたの死を悲しみます。そして、あなたが私自身の死から私を救い出してくださるお方であることを喜びます。あす、私たちが精一杯の香料をもって戻ってくることができますように。そして、神である主が復活のイエス様と私たちとを、どのように再会させてくださるかを待ち望みます。
 全能の神主よ、今、私たちが聞いたみ言葉が、あなたの恵によって私たちの心の内に接ぎ木され、私たちの内に聖霊の実をもたらし、あなたの御名をたたえることができますように。私たちの救い主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン」

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