ルーテル教会は、聖書をクリスチャン 信仰と実践の唯一の権威としていることは他のプロテスタント教会と同じですが、異なるところはルター主義の上に立っている教会であることです。ルター主義
は、当時ローマ・カトリック教会の神父でありドイツのヴィッテンベルグ大学の神学教授であったマルチン・ルター博士によって1513年から1530年にかけて
の神学上の発見から始まりました。今日のルター主義(ルーテル教会)は初代教会や中世教会の伝統を多く取り入れています。もちろん、それらの伝統はプロテ
スタントの聖書主義に一致するように見直しされています。そして、伝統的な典礼式文を用いることによって、歴史的に途切れることなく続いている神の民の一
員である意識を醸成しています。
ルター博士がローマ・カトリック教会に反抗した話はよく知られています。ルターの立場を、端的にまとめるならば、教会と教皇は霊的な事柄に対して神から何の権威
も与えられてはいず、良心に対して最終的な権威を持つのは、祭司や教会ではなく、聖書である、というものでした。「何であれ、聖書に逆らわないものは聖書
のためにあり、聖書は聖書のためにある。」とルターは言いました。人が罪赦され無罪とされるのは、良い行いをしたからとか儀式を行ったからではなく、また
特に、ローマ・カトリック教会から発行された贖宥状(しょくゆうじょう、免罪符ともいう)を買ったからでもなく、聖霊によって導かれた罪から神への悔い改めによるものである、とルターは考えて いました。義とされることは信仰によるのであって、儀式によるのではない。そして、信仰は教会の命令に同意することではなく、キリストに対する心からの真
摯な信頼である。「義人は信仰によって生きる」というのが最初から最後までルターの考えでした。ルターは、「個人の良心は神に対してのみ責任がある、と考
え、また、聖書は明白で、完全で、霊感によって書かれた信頼できる神の言葉であり、人類のための案内書である」と考えていました。神と、良心と、聖書、こ
の 3つの上にルター主義は建てられています。
1529
年、ルターは小教理問答書、大教理問答書を書きました。その一年後に、信仰の声明書であるアウグスブルグ信仰告白書がルターの同僚であったフィ
リップ・メランヒトンによって執筆されました。1537年にシュマルカルド条項がルター、メランヒトン、それにドイツの宗教改革者たちによってまとめられ
ました。ルターの死後、1577年には根本信条宣言が作成された。これらの信仰告白に関する書物が、1580年に『一致信条書』としてまとめられ、ルーテ
ル教会共通の信仰告白書となりました。ルターの観念や神学の解釈としてのこれらの文書はルター主義の教義上の基礎となっています。
(Handbook of Denomination in the United States by Frank S. Mead, Abingdon
Press 1995, pp174-175より、若林学訳)
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