体験談(証し集)


神さまがおられることに気づいた時がありました…

 神さまに愛されていることがはっきり分かった時がありました…

 苦しみの中でこそ神さまによる希望を見出した時がありました…


   誰でも神さまに出会うことで人生をやり直すことができます。

 人生のすべてのマイナスは必ずプラスになります。

 ここに紹介しているものはごく一部のものですが、

 私たちの人生には毎日神さまの素晴らしい恵みが満ちています。

 あなたの人生にも素晴らしいことをしてくださいます。


 次はあなたの証しがこのページに載りますように心よりお祈りします。



「『受験戦争』を経験して得た、かけがえのないもの」(神戸新生教会員 32歳男性)

受験勉強真っ只中の小5の冬休み前、私は突如体調を崩しました。
咳がひどくなり肺炎一歩手前の状態が続きました。
同時期、肺炎だった塾の友人は両親から「今勉強せずに受験で負けるなら、このまま病気で死んだ方がまし!」と言われていました。
これぞ受験戦争…。
対して私の両親はクリスチャン。「小学校も塾も休んだ方がいい。勉強も無理しなくていい。」と言ってくれました。
そんな中、塾の先生が自宅に来て、「なぜ子供を甘やかすのか?」と両親に詰め寄りました。
私は布団の中からその光景を震えながら見ていました。
すると両親は毅然たる態度で「あの子にとって一番大切なのは勉強ではありません。」と言い返してくれました。
私の目には涙が溢れました。
先生が帰った後、両親は私にこう言いました。
「確かに勉強は大切だけど、何より大切なことは私達を造り、生かし、愛して下さっている神様を信じる事。信頼する事。その人生は最高に幸せだよ!」。
私は聖書の御言葉を思い出しました。
「人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。」(マタイの福音書第16章26節)
私は目標の中学に入学することが出来ましたが、受験戦争を乗り越えて得た本当の財産は、両親の愛を通して感じた神の『愛』でした。
人は幸せの道を探します。「中学受験」もその一つでしょう。しかし一流企業に就職したからといってそれで本当の幸せを掴んだと言えるでしょうか?
経済的に豊かでも、愛が冷え切っている家庭が多いと聞きます。人は誰でも心が渇くと潤いを求めます。
異性の愛、娯楽、趣味に没頭すること等で一時は潤ったかに見えますが、すぐに渇きます。
聖書は「この水を飲む者は誰でもまた渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。
わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」と語りかけます。
私は、昨年最愛の妻との間に与えられた愛娘にも神様の愛を伝えたいと思っています。






「『神などいない!』無神論者の私がクリスチャンに」 (神戸新生教会員 75歳男性)

私は徹底した無神論、霊魂消滅論者でした。
科学的にその存在を証明することができないのに、霊魂の存在を信じるのは全く愚かなことだと思っていました。
しかし次第に私の家族が教会に行き始め、彼らが信仰の話をするのを聞いて私は堪えられない感じがし、
いつも「その話はするな!」と大声をあげて黙らせていました。
しかし何か空しさが残るようでした。
そんな私に転機が訪れました。それは三十五才の若さで二児を遺しての姉の死でした。
葬儀の日、私は柩に入れられた遺体に向かって合掌せざるを得ませんでした。
その時、私の心に疑問が生じました。
私は霊魂消滅論者ではないか。遺体は単なる物質に過ぎないではないか。それに向かって手を合わせるとは何事か。
本当に人間は死んだらそれで終わりか、その先はどうなっているのか、神は存在するのか…? 
それから私はキリスト教に関する本を読み始めました。
そこで「いくら本を読んで研究しても信仰はわからない。教会へ行ってみなければわかるものでない。」とあるのを読み、
不思議に教会に行ってみようという気になり出席し出したのです。
それからは礼拝式が待ち遠しいくらいに楽しみでした。
やがて素直に過去の不信仰の罪、その他の罪一切を悔い改めキリストを信じ、ついに救いの確信を得ることができました。
そして洗礼を受け、その後も万事を益としてくださる神様に深く感謝しつつ生かされております。






「神さま、感謝します。〜出産を通して深く感じたこと〜」(神戸新生教会員 26歳女性)

出産を経験し、私達夫婦に可愛くてたまらない子供が与えられました。
お腹の中にいた時からそうでしたが、この世の中にこんなにも愛しい存在があったかなと思えるほどで、
まさに「愛の結晶」という言葉がぴったりな位、可愛くてたまりません。
そんな我が子を見る度、思い出すことがあります。それは私達を造られた神の存在です。
もちろん私は母から生まれましたが、母のお腹の中で「私」という存在を形造って下さった方は神さまです。
それは自分が出産を経験して改めて分かったことでした。
はじめはお腹の中で3mmだった子に心臓が出来、目が出来、鼻が出来、耳が出来…
いつのまにか大きくなるお腹と共に我が子も一人の人間のような身体つきになり、この地上に生まれました。
そんな過程を見た時、神さまの業(わざ)以外の何ものでもないと思わされます。
私達を造られた神さまは、私達をどう思っておられるでしょうか?
必要ない、いらないと言っておられるでしょうか?
いえ、私が我が子を愛おしくてしようがないと思うそれ以上のもっと大きな愛で、私達を包み、いつも愛して下さっているのです。
神さまに心から感謝します。
「あなたを形造った方、主はこう仰せられる。…わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。…わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(聖書)






「自分でも赦せない自分の罪をキリストは赦して下さった」(神戸新生教会員 34歳男性)

10年程前、私は近所で開かれていたゴスペル教室を見学し、その力強い歌声とハーモニーに圧倒されて歌い始めました。
とにかく楽しくてのめり込みました。
しかしゴスペルがキリスト教の歌であるのに関わらず、信者でもない私がそれを歌う事に自分自身抵抗感を持っていました。
人生決して順風満帆だったわけではなく、肉体的、精神的にもダウンした経験もありますが、
自分の力で這い上がり生きている自負も持っていました。
だからクリスチャンになろうなんて考えたこともなかったし、自分にはそんな助けは必要ないと思っていました。
ある時、私は自分の過ちから妻を突如裏切り、精神的にぼろぼろに傷つけ、逃げるように離婚しました。
離婚した当初は「自分はこんな人間だから仕方がない」と自分のした事から目を逸らしていましたが、
自分が犯した大きな罪に気づき苦しみ始めました。
誰も、自分も許せない罪。けれども誰か許して欲しい、そんな状況から救って欲しいと願いました。
時間も人も、書物も何も解決手段にはなりませんでした。
その時、ゴスペルを通してイエスキリストが語りかけて下さいました。
「すべて、疲れた人、重荷を負っている人はわたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」(聖書)
私のした事が肯定されたとは思いません。
ただ、イエスキリストにあって赦されていること、愛の無い者に愛を与えて下さった事に感謝して、
いつも共にいてくださるキリストと歩んでいきたいと思っています。






「生きて行こうよ!-自殺を何度も試みた私が、生きててよかった…と今、心から思う」(当教会牧師 野口周爾)

毎年、日本の自殺者が3万人を越えています。特に年末に多いのです。
こんな文章を書いている私自身が11〜13歳まで、よく自殺を考えました。
私は、父親が母親に暴力を振るう家庭に育ちました。日々、悲しみの連続の生活でした。
私は、何度も自殺を考えたのですが、11歳まで通っていた教会学校(キリスト教の子供用の礼拝式)で学んでいた教えが活きました。
その教えは、自殺も殺人と同じ事なので、自殺すると天国に行くことが出来ず、むしろ地獄に堕ちるというものでした。
私は、自分が悲しい境遇に育ち、苦しんで自殺し、その挙句が地獄では余りにも割が合わないと思い、
自殺をギリギリのところで思い止まっていました。
そんな私が14歳の時、イエス・キリストの愛を知り、本当に幸せになったのです。
その時、生きていてよかった…と思いました。
今、苦しんでおられる方、経済の問題、病の問題、老後の心配の問題、人間関係の問題、その他どんな悩み苦しみも聖書に解決が示されています。
神さまは生きておられ、実に「愛」なる方です。あなたは、神さまとお出会いする時、必ず力と希望に出会います。
だから苦しみにある方、一度教会に来て見て下さい。今、現実的に苦しみ、絶望の中に生きておられる方に、この聖書の言葉をお贈りします。
あなたを愛し、守り、生かして下さる神さまがおられます。
『神は我らの避け所、また力。苦しむ時、そこにある助け。』
『すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。』
『下には永遠の腕がある。』
『患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。』






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