説教

 
神谷武宏牧師の説教(要約)です。
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2012.4.15 「天の国は近づいた」 マタイによる福音書4:1〜17

イエスは悪魔から3つの誘惑を受けるも勇ましく退ける。しかしその直後、≪イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。≫(12節)とある。ここは先ほどの悪魔の誘惑を退けたのに対して、ヨハネが捕らえられたと聞いてガリラヤへ退くという、何か対照的で消極的なイエスを描いているように見える。ヨハネが捕らえられ、身の危険を感じガリラヤへ退いたのか?  

マルコ福音書では、「イエスはガリラヤへ行き」とあり、マタイとは違う表現である。「行く」は、積極的に乗り込んで行く、攻めるということを意味するが、マタイの「退く」は消極的なイメージがある。マタイ福音書は何故この「退く」を用いたのか? 実はこの「退く」は原語を見ると、マルコ福音書では、1回しか使われず、マタイ福音書では10回も使われている。実はマタイがこの「退く」という言葉を多く使うのは、マタイ福音書が書かれた時代背景がそうさせていると言われる。当時ユダヤ社会は、ローマ帝国の支配下にあって不自由を強いられていた。福音書の時代はまさにそのような支配下の圧力に晒されている。
マルコが福音書を書いた時代は、紀元70年以前で、支配に苦しむ民衆の抵抗運動が盛んな時代であったが、ところがマタイの時代はその抵抗運動の果てにローマ軍の圧力が強まり、神殿は破壊され、抵抗の芽はことごとくつみ取られてしまい、人々が敗北感に打ちのめされ、反骨心どころか、自分自身のアイデンティティをも見失ってしまいそうな時代だった。絶大な武力を誇る権力に対して、力をもって立ち向かうことに挫折し、無力感に打ちひしがれた時代。そんな時代に記されたのがマタイ福音書であった。

マタイ福音書は、新たに光を当てて指し示したのが「退くイエス」だったということである。力に対して、力をもって制していくのでなく、押し迫る力に対して退いていくイエス。 それは、一見消極的で卑屈な印象を持たれるかもしれないが、決してその意味において「退く」のではない。ガリラヤに退いたイエスは、 カファルナウムの家に隠れていたのではなかった。≪異邦人のガリラヤ、暗闇に住む民、死の陰の地に住む者≫たちのただ中に入って行き、そこでイエスは神の国を宣言する。力で押し返すのではなく、むしろ押しつぶされそうな人々のところまで退いて行く。押し返した先に神の国があるのではなく、押してくる力から退いたところで、押されっぱなしの人たちと神の国を作ろうとする。 イエスは宣言します。≪天の国は近づいた≫と。(神谷)




2012.4.8 「復活の主」 マタイによる福音書28:1〜10

復活の出来事を見ると、5節で天使は婦人たちに≪恐れることはない≫と言った。また、10節でイエスもまた≪恐れることはない≫と言う。復活の出来事は先ず、恐ろしい事、恐れる事から始まっている。私たちはイエスが復活されたことを恐れをもって受け止めた者か?何となく聞き流してはいないか? 墓の見張り役をしていた番兵は、その状況を見て「恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった」とあり、弟子たちに至っては、そのような事が起こるわけはないと信じようとはしなかった。私たちのうちにも、何となく聞き流すか、あるいは信じようとしないかということが大半なのかもしれない。

この世の出来事ではない人間の限界を超えたことが、復活の出来事である。もし目の前で復活の出来事が起きれば、震え上がり、恐れおののき、話だけ聞けば、何となく聞き流してしまうか、信じようとしないのが大半であろう。復活の出来事とは、この世の世界に、あの世の世界の出来事が起きたことであり、この世とあの世が一つにされた出来事である。すなわち、この世では、人間が生きている間だけが全てであり、復活の出来事は、生きている間だけが全てではないというメッセージがある。  この世の世界では、命を永らえたいと、命を金で買おうとする社会がまかり通っている。お金さえあれば、命を長く伸ばす事ができる社会の中に、今も昔も変わりなくこの世の歴史は流れている。自分の命を長くするためには、人の命を奪ってでも、そうしたいと願う。あげくの果てには、戦争さえ起こす。世の権力者は、長く生きるために、弱者を踏みつける社会を作り上げ、この世の構図は自ずとそのように成り立っていっている。  

そのような社会に対して、イエスの復活は、決してこの世のみの命ではないということを示しているように思う。

イエスは復活後に「ガリラヤへ行くように」と弟子たちに命じたが、このことは何を意味するのか? ガリラヤはイエスが宣教した場所である。イエスはそこで、友無き者の友となり、貧しき者の傍らに立ち、病に臥している者に触れてくださった。イエスの「ガリラヤでわたしと会うことになる」とは、そういう人間と人間の出会い、心の触れ合いにおいて、復活の主にお会いするという事か。心のぬくもりは主が灯してくださった灯火ということか・・・。復活の出来事からそういうことも思い起こさせる。(神谷)




2012.4.1 「わが神、わが神」 マタイによる福音書27:45〜56

「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と死なれたイエス。その死に方には、寂しさ、惨めさ、虚しさが漂っている。イエスの死に方には、美化されて、勇ましい死、勇敢な最後の描き方とは到底書き離れたものである。それは何故なのか?多少の美化が成されても良かったのではないか?人間は自ずと神に対し、神々しさを求めるものであるが・・。しかし福音書は、そうは描かない。

初期キリスト教界の時代にキリスト教グノーシス主義なるものがあった。霊こそ神であり、善である。逆に肉は悪、肉なるもの、全ての被造物は悪、汚れたものであると考えた(二元論)。この考え方は、被造物の創り主、創造主を否定し、イエスも霊であって肉体を持っていたのではなかったと考えた。それは、イエスの十字架、苦難というものはなかったとするもので、神の神々しさ、神秘的な部分を強調するものであった。そういう考え方に対抗する意味でもイエスの死、人間イエスの強調がある。

神は、人間の姿で、死に至るまで、十字架の死に至るまで人間であったがゆえに苦しみ、最後に惨めとも思える姿をさらした。しかし神は、ゆえにあなた自身の苦しみを知っておられるのである。誰にも言えない、理解してもらえない、あなたの苦しみ、悲しみをイエスはご存知なのである。  

もう一つ、イエスが息を引き取られると、「神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた」とある。それは何を意味するのか? エルサレムの神殿は、歴史の中で権力と結び付き、財力と結び付き、やがてそれは、力を持たない、弱くされ小さくされた存在、お金を持たない貧しくされた存在、あるいは体に「障害」を持った者たちを寄せ付けない閉鎖性を帯びていた。神殿の垂れ幕は、聖なる空間を清く保つために、民衆に対し、社会に対し堅く閉ざされた仕切りであったのである。イエスの死は、そのような意味の垂れ幕を真っ二つに切り裂く出来事だった。

神から遠ざけられ、神の恵みを分かち合うことから疎外されていた人々に、今や神の恵みと力がその裂け目から溢れ出てゆく。聖書は、イエスの生と死の意味をそのように語っているといえる。(神谷)




2012.3.25 「ゲッセマネで祈る」 マタイによる福音書26:36〜46

十字架前、過越しの食事を済ませた後、夜道を歩きながら、イエスは弟子たちに、≪今夜、あなたがたは皆わたしにつまずく≫と言われた。私たちはイエスをまともに仰ぎ、従おうとするとき、私たちは躓く。もし、「いや、私はイエス様に躓くことはない」と言うのなら、それは、イエスの仰ぎやすいところだけ、従いやすいところだけを見ているのであって、それはまともにイエスを仰いでいるとはいえないと思う。

ペトロは≪たとえ、みんながあなたにつまずいても、わたしは決してつまずきません≫と言う。するとイエスは≪はっきり言っておく。あなたは今夜、鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう≫と言われる。それでもペトロは、イエスに面と向かって≪たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません≫と重ねて言う。

ご存知のようにペトロは、のちにイエスが捕らえられると、隠れるようにイエスの様子を伺い、そのうち、人々から「お前もあの連中の仲間だ」と、三度言われると、ペトロはその度ごとにイエスを「知らない」と否定した。すると、そのあとすぐに鶏が鳴く声を聞き、ペトロは≪「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われたイエスの言葉を思い出し≫外に出て、激しく泣いた。そのペトロのイエスにつまずく出来事が、この「ゲッセマネで祈る」記事の前後に記されているが、この出来事こそ、まさに、私たちはつまずく箇所でもある。このところは、イエスは本当に人間だったということを示している箇所でもある。

杯は「十字架」のことである。その杯を≪過ぎ去らせてください≫と父なる神に願うということは、ある意味、イエスが、ただ単に神のロボットとして十字架に赴かれたのではないことが、ここに証明されている。そしてイエスの祈りは、≪過ぎ去らせてください≫から≪御心のままに・・・あなたの御心が行われますように≫と変えられて行く。イエスは、逃げ去ることよりも、むしろ恥と苦難を受け入れる選択をなされた。それは祈りにおいて導かれていった。

私たちも祈りを通して、自分の意志から、神の意志に近づけられていくことを、ここから学びたい。(神谷)




2012.3.18 「朽ちないものを着る」 コリント一 15:50〜58

"死"というものは、私たちにとって最大の敵なのか? 今朝の聖書の言葉は、死と向き合う事の中から、このような言葉が綴られている。54節≪この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを着るとき、次のように書かれている言葉が実現するのです。 「死は勝利にのみ込まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか。」≫  

人間の体は、「朽ちるもの」である。どんなに健康な人であっても、「死」というものは免れるものではない。しかし聖書は、死は決して、これで"お仕舞い"というものではないと言う。 それは「朽ちないもの着る」ことにおいてと言うわけであるが、この「朽ちないもの」とは何か? それはイエス・キリストのことを指す。イエス・キリストを着ること、すなわち信仰することが、私たちに希望が与えられるという事である。

 私の神学部の同期が、妻と子に先立たれるという経験をした。「なぜ、・・どうして、妻が、息子が、先に行ってしまったのか?」 "死"に対する悲しみを背負う中で、悲しみは、中々癒えないものであるが、 しかし聖書の中に「暗闇の中に光があった」とある言葉に慰めを受けたという。死の暗闇の中に光がる。また「光は暗闇の中で輝いている」という言葉もあるが、死が暗闇の中に永遠に葬られていくものではないということ。 そしてその光とは、イエス・キリストご自身であること。そのことを信じる事がどれだけ慰めであるか。イエス・キリストを信じ、聖書を読むことが、どれだけ人生の支えであるか。死は単なる永遠の命への「通路」にすぎなくなるもの・・。すべて神の懐へ導かれるものであると・・。

それは此の世と神の国が、一体であること、繋がっていることを言っている。決して神の国は、遠く離れた彼方にあるものではないということ。「朽ちないものを着る」ことで、私たちも神の懐に帰ることが出来るその希望に与っていきたい。(神谷)



2012.3.4 「愛」 コリントの信徒への手紙一 13:1〜13 

コリントの手紙一13章は「愛の賛歌」とも呼ばれ、結婚式の式文として読まれることも多い。「愛は忍耐、愛は情け深い・・ねたまない。自慢しない・・高ぶらない・・自分の利益を求めない・・いらだたない・・恨みをいだかない。愛は・・すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。」 神妙にこの言葉を聞いて、これからの結婚生活をそのようにしていこうと誓うわけである。しかし中々そうはいかない。聖書が示す愛を実践するのは難しい。ただ私たちは、このような聖書の箇所を読むとき、悔い改めと心新たにさせられたいものである。先ずは素直に、御言葉に迫られていきたい。

コリント13章の前後の文脈から見ると、また違う"愛"が見えてくる。パウロは、教会の中で自分の賜物の方が偉いとか、優れているとか、そういう高ぶりやねたみが教会の中で起きていた。そこで、「愛がなければ、すべては無に等しい」と語る。キリスト者は、"何が出来るか" よりも、"何が与えられているか"ということが大事ということであろう。コリント13章には、「愛」が9回も出てくるわけだが、ここの愛は、人が人を愛すると言った、好き嫌いの愛ではない。ギリシャ語で 「アガペー(神の愛)」の愛が使われている。  

私たちは、これもあれも出来ると誇る者ではなく、キリストが、何を私たちに与えてくださったかを、見ること、気付かされていくことが大切である。  

あるクリスチャンの詩にこういうものがある。    

つばきされて    
私にかわってつばきされたイエス様を    
一日一ぺんぐらいは思い浮かべたい。

一日一ぺんさえも思い浮かぶ事のできない者をお許しくださいという思いが表れている。この私のために、辱めを受けられた主イエスのあふれる愛を思い浮かべ、感謝し、それにあずかる事こそ、大いなる恵みであろう。そのキリストの愛が与えられている感謝から始まって行きたい。(神谷)




2012.2.12 「神の前に留まりなさい」 コリント一7:17〜24

今朝のコリントの手紙は、「神の前に留まりなさい」と言うことであるが、この箇所はいろいろと問題のある言葉が並んでいる。奴隷の者はそのことを気にせずに、「自由の身になる事が出来るとしても、むしろそのままでいなさい」とか、奴隷制度を肯定するような発言が聞こえてくる。ここはそのような社会的な視点で見るよりも、個々として"神と人"との関係の中で、神の前に留まるとは、あなたの"ありのままでいなさい"ということであると理解したい。

よく教会へ行きたいのだけれど、もう少しまじめになってからとか、タバコを辞めてからとか、お酒が止められないのでとか・・・。今の自分が、何かもう少し清くなってから、教会へ行く、神の前に出る・・・ということがしばしば聞かれる事である。しかし聖書は、今のあなたの"ありのまま"でいいということが、"神の前に留まる"ということである。そこで神のみ声に耳を傾けて行くのである。

昨日、「『建国記念の日』に反対する2・11沖縄県集会」が開かれた。テーマは昨年問題となった「八重山教科書問題について」である。キリストの前に留まる者として、この問題は聞き捨てならない問題である。今、天皇を中心とした戦前の教育が国の指導のもとに押し付けられているのが、この「八重山教科書問題」である。離島の小さい地域からこのような押し付けが始まり、いずれこの問題は、私たちの子や孫に迫り来る問題であろう。キリストの前に留まるからこそ、このような社会の問題に留まり、考えて行く必要が生まれて来るように思う。何故ならば、イエス・キリストは常に、社会の小さくされた者の側に立っておられたからである。

「神の前に留まりなさい」この言葉を今一度、心に留め、聖書の言葉に心傾け、社会に目を向けて行きたいものである。



2012.2.5 「あなたがたはキリストのもの」 コリント一3:18〜23

明治5年(1872年)、政府は「紀元節」を掲げた。2600年以上も前に神武天皇が最初に即位したということであるが、歴史的に見て神話的な書物(日本書紀)での検証は難しい。「紀元節」は明治政府が、天皇を中心とした国家政策のため利用したものと言わざるを得ない。

後に日本が敗戦を迎えて、民主国家というものを取り入れていく中で、日本は1948年(昭和23年)の7月にこれまでの天皇を中心とした「紀元節」を廃止する。ところが、1966年に佐藤栄作内閣がこの2月11日を再び、「建国記念の日」として、「紀元節」という名称を変えて復活させたのであった。これは、再び天皇を中心とした国家政策の始まりといえよう。

キリスト教会では、2月11日の「建国記念の日」に異を唱える意味で、「信教の自由を守る日」を掲げて、日本が再び誤った歴史に舞い戻ることがないように、考え、発言し、行動していく大事な時であるとして位置づけている。

聖書は、≪すべては、あなたがたのもの・・・世界も生も死も、今起こっていることも将来起こることも。一切はあなたがたのもの・・≫と記す。そのことは何を意味するか? 歴史は、人間が生きることは富を築くことで、そのことがより良く生きることかのように富を求めて、人のものを奪ってでも富を築こうとする。人を殺してでも富を得ようとする。戦争という正当性を掲げて公然と人殺しが出来てしまう。  

人間の歴史は、「世界も生も死も、今起こっていることも将来起こることも。一切はあなたがたのもの(人間のもの)」として成り立っていないか?人間に委ねられた世界が此の世の歴史であると。神の介入などまったく起こり得ないかのような歴史が、私たちの世界にはある。

その中で聖書は≪あなたがたはキリストのもの≫とある。ここは、ギリシャ語原点を見ると接続詞が付いてい、「しかし、あなたがたはキリストのもの、そしてキリストは神のもの」となる。つまり、そういう人間に委ねられた「世界」ではあるが、あなたはキリストのものとしてどう生きようとしているのかと、問われているように思う。



2012.1.29 「白髪は輝く冠」  箴言16:31

昨年、100歳になった聖路加病院理事長日野原重明医師が、『生きかた上手』という本の中で「いくつになっても、創(はじめ)めることを忘れなければ、人は老いることがありません。自分に挑戦することを諦めない人は」と言っている。「創めることを忘れない」とは、常にチャレンジすることであろう。

ただ、老いることは過去を背負うことであったりする。ヨハネ福音書8章にイエスを試みようと律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦淫の罪を犯した娼婦を捕らえてイエスの所へ連れてきて、人々の真ん中に立たせて問う。「先生、この女は姦通をしているときに捕まりました。こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。ところで、あなたはどうお考えになりますか」とイエスを試みるために問う。イエスは、「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」と答えた。すると、これを聞いた者は、年寄りの者から始まって、一人また一人と立ち去ってしまう。

年を重ねるということはまた、罪をも重ねるということか。いやむしろ、これまでの罪の出来事に心苦しむということがあるのかもしれない。自分自身を卑下する。自分自身の過去の出来事が思わされて苦しくなる。そういうことが起きて来るということかもしれない。

しかし、イザヤ書46章3b〜4節≪あなたたちは生まれた時から負われ/胎を出た時から担われてきた。同じように、わたしはあなたたちの老いる日まで/白髪になるまで、背負って行こう。わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、  背負い、救い出す。≫  神は、あの苦しみの時、悲しみの時に、私と共にいてくださっていた。私を背負っていてくださっていたということが、この御言葉から教えられる。そのことのゆえに私たちは、安心して老いてゆこうではないか。白く輝く冠を目指して。



2012.1.22 「神の建物」 コリントの信徒への手紙一3:10〜17

昨日、保育園の父母会にて児童教育を50年近く携わる宮城久子氏をお招きしてお話を伺った。「育児」は"児を育てる"と書くが、「育自」であることが大事という。子どもをどう育てるかではなく、どう自分が育つかということ。共に育つことの大切さには、3つあるという。「共有」「響育」「協育」である。周りと共有しながら、親子で響きあいながら、協力し合って共に育つことであるという。

今朝は、私たちは「神の建物」として≪あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか≫と問う。神の建物は、すなわち、神の住まわれる神殿は、私たちの体であるという。このことは何を私たちに問うているのか?

私たちの体を神の建物としてくださるという時に、私たちはどうこの建物を、体を成長させているものかと、問われる思いがする。「私は立派に成長させています」と言える人がどれだけいるものか?

宮城氏が、最後にこういう事をおっしゃっておられた。「私は長年教育に関わる中で、誰一人"育児に成功しました"という人に出会ったことがない」と言う。失敗しても親子で助け合いながら、響き合いながら、周りの協力を得ながら、何とかやっていけるもの。気張らずに・・、という言葉をかけてくださった。

このことは、私たちが神の建物として、立派に成長させられるかという時に、実際には、人を傷つけ、自分も傷つきながら、今があるのではないかと思う。そういう中にあってもなお、神は、私たちの内に住み賜うお方であることを覚え、「共有」「響育」「協育」を周りの人々と共に、キリストと共にありたいと願う。私たちの体がいつも、神を讃美し、喜びの宮としてありたいものである。


2012.1.15 「キリストの思い」コリントの信徒への手紙一2:1〜5  

パウロは、≪十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていた≫とある。ここに出てきた「知る」という意味は、知的に「知る」ことではなく、人格的に深く相手を知るということを意味している。聖書では、夫婦になることをそういう深さをもって「知る」とある。人格的に深く相手を知り、「豊かな時も貧しき時も、健やかなる時も病める時も、互いに愛し、敬い、共に生涯を送ることを約束しますか」という深さを持って相手を「知る」というわけである。ゆえに外側からの観察ではなくて、その内側に入り、相手と深く関わり合っていくことである。パウロの「キリスト以外、何も知るまい」とは、キリストのみを拝し、委ねて歩むこと。そのことの決心を表しているのである。
ただ私たちは、「キリスト以外、何も知るまい」と、そう決断できるものか? このことの意味は、私たちの現実の社会において、キリストのみに頼って生きるということである。しかし私たちは、どちらかというと、此の世にも頼りながら、足りない所は神に補ってもらう生き方をしていないか?  

パウロはどのような理解のもとに「キリスト以外、何も知るまい」と言っているのか? 3節の「わたしは衰弱していて・・」という所の「わたし」は、ギリシア語原文を見ると「カゴー」という言葉が使われている。カゴーとは、「私もまた」という意味。するとここは「私もまた、衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした」ということになる。西南神学部の青野太潮教授は、このところの解釈に「私もまた、衰弱していて・・」とは「私もまた、そうだった」という事になるという。「私もまた、そうだった」とは、他に誰がそうだったと言うのか? それは、「キリストもまた、私と一緒に衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安を抱いた」ということである。

キリストの十字架には、神の「弱さ」が示されている。キリストはその「弱さ」を示されたがゆえに、「弱さ」を担う者の立場に身をおかれる。キリストの「弱さ」を担うゆえに、私たちの恐れ、不安、衰弱しきったその身体と共にあるということになる。パウロは、そうキリストの十字架を理解していたと思われる。そのことがどれほどの慰めであり、また希望が伴うことか。「キリストの思い」はそこにあることを覚る時、私たちもまた、慰め、励ましを受けるのではないか。



2012.1.8 「十字架の言葉」 コリントの信徒への手紙一1:18〜25

パウロはこの「十字架の言葉」を聞く者は二分されるという。≪十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。≫

「十字架」とは、忌み嫌われるもの。犯罪者が処刑されるもっとも恐ろしく、醜いものである。ゆえに"キリストが十字架につけられた"とする教えを、「愚かなもの」と言うのは、ある意味当然のことである。神の子が捕らえられ十字架にかけられて殺されてしまう、そんな者が"救い主"というのか?・・・と。ユダヤ人の多くがそう思い、その出来事は躓きのもとであった。ギリシャ人もまた、神が人間の姿をとって此の世に生まれてくる・・そんな馬鹿げたことがあるものかと、愚かなことを言うものよ、という。  

その躓きには、人間側に「神はこうあるべき」という理想があるからであろう。ユダヤ人の神観は、力強いダビデ王のような、敵をなぎ倒す御腕を持ったものでなければならない・・・そういう理想があった。ギリシャ人もまた、ギリシャ神話に出て来るような、数多くの神に対する理想があった。  

では、イエス・キリストはどうして十字架にかかられたのか?神の子が十字架上で苦しまれたのは何故だったのか? ヨハネの手紙一に≪神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。・・・≫とある。神は、私たちに「愛」を示すために「十字架」にかかられたという。命を投げ出すほどの「愛」・・・これ以上の「愛」の表し方があろうか。≪神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強い≫。




2012.1.1「恵みと平和があるように」 テサロニケの信徒への手紙一1〜10

パウロは手紙の挨拶文に≪恵みと平和が、あなたがたにあるように≫と記す。この挨拶は、パウロ特有でどの手紙にも必ずこの「恵みと平和」と記す。その言葉は、パウロの気遣い、気配りから出来たものである。手紙を送ったテサロニケ教会は、マケドニアという異邦人の地、いわゆるユダヤ人の地域ではない所に教会が出来て、そこには異邦人であるギリシア人とユダヤ人が、お互いの違いをなんとか認めつつ、キリストの教会を築いていた。その中でパウロは、ギリシア人の挨拶である「カレイン(恵みを祈ります)」とユダヤ人の挨拶「シャローム(平和がありますように)」を意識して、「恵みと平和があなたがたにあるように」と記す。それは、ギリシア人とユダヤ人の文化、言葉を大変気遣いながら、作り出した挨拶の言葉である。パウロが、ギリシア人とユダヤ人の架け橋になる思いがこの言葉に表れている。

この手紙は、テサロニケ教会の人々が「皇帝崇拝」に抵抗しつつ、立派に信仰を貫いていることへの感謝の思いを綴っている。聖書の世界も、様々な社会問題のただ中で、信仰を貫き、希望を持ちつつ、歩むものである。 2012年という新しい年を迎えたが、この年は如何なる年になるのか? 相変わらず、沖縄の基地問題は揺れ続ける。先週一週間、年末の慌ただしい中で、辺野古の環境影響評価書提出を巡って大いに揺れた。県民の80%以上が"NO"と言っているにもかかわらず、・・辺野古には世界でも貴重なジュゴン、ウミガメ、熱帯魚、青珊瑚と豊かな自然があるにもかかわらず、そこを埋め立てて基地を造りたいと言う。  

このことは、「安全です、害はありません」と言い続けて、福島に原子力発電所を造ったことと良く似ている。原発を誘致すると"町は豊かになりますよ"と触れ込んで人々を誘惑する。国というものは、どれほどの罪を犯し続けるものなのか?沖縄の米軍基地建設もまた、これ以上罪を犯させてはいけないこととしても、阻止しなければならない問題である。  この2012年も、様々なことが起こるであろう。しかし状況を教会の事柄として共に祈り、考え、「神は我々と共におられる」という信仰に立って、ご一緒に歩ん行きたい。神様が、今年もくださるであろう「恵みと平和」を頂きながら。(神谷)



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